株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 ディレクター 牛堂雅文 / 定性調査部 伊藤冴
●マーケティング・リサーチで、ヒット商品が作れるのか?
時折、「マーケティング・リサーチで、ヒット商品が作れるのか?」という問いかけをされることがあります。
これは極論すると「マーケティング・リサーチは不要である」という論調になります。今回はマーケティング・リサーチの根幹に関わるこのテーマについて論じてみたいと思います。
「多くの商品開発でマーケティング・リサーチが実施されているのに、それほど商品のヒットにつながっていないように思われる。新しい概念についてこられない一般消費者に意見を聞くことはバカげている。
むしろ、天才的な経営者や開発者の感性の方がよほど当てになるのではないか?よって、マーケティング・リサーチをするのは無駄である。」
…一見、正論に見える意見ですが、果たして本当にそうでしょうか?
もし本当にそうであれば、これほどまでに多数の大企業で、決して小さくはない予算を投じてマーケティング・リサーチが実施されるはずはありません。
(なお、ここでいう「マーケティング・リサーチ」はアンケートに代表される定量調査のみではなく、定性調査や、行動観察調査、新しい手法も含めたやや広義のものとして捉えています。)
「いやいや、マーケティング・リサーチは社内や流通などへの説得材料として使われているだけであり、それ以上の意味はないんだよ」…という反論も聞こえてきそうです。
業務の形骸化がある程度進んでいる企業では、そういうマーケティング・リサーチの使い方をしているケースがあるかもしれません。ただ、私はそうは考えていません。
●打率の上昇
私の考えるマーケティング・リサーチの本来の意味は「リスクの低減」、言い換えると「打率の上昇」です。
これは、私が最初に勤務したリサーチ会社の経営者の言葉「マーケティング・リサーチの意義はリスクの回避である」をベースにしつつ、私の解釈を加えたものです。
「打率の上昇」とは以下のような発想です。
仮に80万個売れるポテンシャルのある製品ならば、更にマーケティング・リサーチを実施することで、問題点をあらかじめ発見し改善することが出来ます。また、強みを見出し、より研ぎ澄まし、伝え方を検討します。そうすることで、元は80万個売れるはずだった製品が、90万個、100万個などと売れるようになります。それはあたかも打率が上昇するがごとくです。
無論、これまでの知見と感性のみで商品開発を行う事も可能でしょうし、実際にそうしている企業があることも知っています。ただ、そういった企業は元の80万個のままの売れ行きとなります。そこからの+αはありません。
次に、同じ市場で20万個売れるポテンシャルの商品が、マーケティング・リサーチの結果25万個売れるようになれば見事な打率上昇といえます。しかし、80万個売っているライバルに比べあまり目立たないので話題にもならないでしょう。マーケティング・リサーチが目立ちにくい理由の一つがここにあります。地道な改善は中々注目を集めることができません。
●リスクの回避
別の例えで言えば、どうにも素性の悪い、何とも残念なポテンシャルの低い製品が開発されてしまったとします。
そのまま発売されれば、開発費以外にも、金型のコスト、工場のラインなどを含めた生産関連や、販促関連の多大なコストが発生し、業種にもよりますが何十億円という膨大な出費を生んでしまいます。当然投資の回収はままなりません。
それを数百万円のマーケティング・リサーチで未然に察知し、初期段階で止めることが出来れば、傷は浅く、出血を大幅に減らすことが出来ます。
こちらは「リスク回避」の発想です、保険・安全装置として使用するようなイメージでしょうか。
今回は分かりやすくするために、「マーケティング・リサーチの有無」だけで論じていますが、本来はその結果を受けての改善やプロモーションの善し悪しによって大きな影響を受けます。
80万個→100万個といったここまで分かりやすい結果にはなりませんので、その点お含みおき頂けますと幸いです。
もちろん、華やかなヒット商品が注目され、それがマーケティング・リサーチなしで開発されたものだった場合に、「マーケティング・リサーチは不要である」と言いたくなる気持ちも分からなくはありません。
●スポーツで例えると
そこで、ビジネスを野球のようなスポーツになぞらえて考えてみましょう。
あなたが率いるチームがある特定の試合でのファインプレーではなく、長い目で見てチームの育成とリーグでの順位上昇を狙うのであれば、「ホームランのような華やかなヒット商品」ではなく、「打率上昇、防御率改善のように各商品の地道な実力向上」を目指すのではないでしょうか。
2006年トリノ五輪でのフィギュアスケート:荒川静香の活躍の裏に、日本の選手層を厚くするために「全国有望新人発掘合宿」などの地道な施策があったことに通ずるものがあります。
そういった改善サイクルを回すための手段として使われるのがマーケティング・リサーチであり、それが商品開発の段階であれ、プロモーションの段階であれ、次の新しい取り組みをする段階であれ、強み・弱み・機会を発見する有効なツールとなりえます。
ここで初期の質問に戻りますと、
「マーケティング・リサーチは目覚ましいヒット商品を作るのではなく、地道な発見・改善でヒット率を上昇させるものである。」
…という回答となります。「不要」という結論がいささか極論であることがご理解いただけたのではないでしょうか。
●例外
ここまでマーケティング・リサーチに対するポジティブな視点で論じていますが、実は例外もあります。
失敗のリスクが非常に小さく、製品投入後すぐにユーザーの声を聴き、改善して次の市場投入も短期間で出来るケースがあります。そういった場合は、マーケティング・リサーチにかけるコスト、労力、時間の方が問題となり、改善サイクルの足をも引っ張る事になりかねません。
または独創的すぎて、通常の消費者には理解が追いつかず、初期の状態では極一部の自分で使い方を模索できるようなマニアにしか受けないような商品も、マーケティング・リサーチでは適切な対象者に適切な評価をしてもらえないまま、「市場性はない」と判断してしまう恐れがあります。
上記のケース両方に当てはまりそうな製品が、+teacherがリリースした「マス目フセン"Kaketa!"」などをはじめとする個性的な文具達です。
開発コストが小さく、ロットも小さく始められ、かつ初期ユーザーは文具やガジェットのマニアで使い方の探索などに労を惜しみません。
なお、この「マス目フセン"Kaketa!"」は「第32回日本文具大賞デザイン賞」、「文房具屋さん大賞2024入賞」にも選ばれた、堂々たるヒット商品です。
ニッチな層を狙ったら大反響!教育現場の声から生まれた「マス目フセン」に学ぶ商品価値の作り方とは?|ウォーカープラス
こういうケースもありますので、「マーケティング・リサーチが万能であり、全ての商品の打率上昇、リスク低減に有効とは言い切れない」ことをお伝えしたいと思います。
マーケティング・リサーチはコンパスや体温計、レントゲンといったセンサー・観測機器的なものとも言えますので役割を理解し、過信も不信も避けつつ有効に活用して頂けますと幸いです。
そして最後に、本稿を書くにあたり考え方の補強とさせて頂いた、アメリカ大統領選の的中で有名なネイト・シルバー著「シグナル&ノイズ」(日経BP社)に感謝の意を述べさせて頂きます。
予測精度を上げる姿勢、発想はマーケティング・リサーチを活用した商品開発に通ずるものを感じます。
(巻末の注釈抜きで508頁もあるので、読み応えどころか持ちごたえもありますが。)
▼内容の一部をyoutube動画でも配信しています。
記事とあわせてご覧ください。
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