株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 ディレクター 牛堂雅文
「イノベーションを生もう」…と考え、真剣に思い悩むこともあるかもしれませんが、本当は肩の力を抜いた方が良いのかもしれません。今回は「モノづくり」が脚光を浴びる昨今、注目される製品などを取り上げ、イノベーションを生みやすい発想について述べたいと思います。
■消火器のイノベーション「キッチンアイ」

ここ数十年ほとんど変化の無さそうな、古典的な商品と言える「消火器」にもイノベーションがあります。
お酢で消火できる小型のおしゃれな消火器、モリタ宮田工業「キッチンアイ」という商品があります。それも価格は今までの消火器の2、3倍(~1万円程度)という高単価の商品です。
「消火器」と言えば、赤くて大きな寸胴ボディで目立つところに置きたいデザインと思えず、いざ使うと大量の粉末があたりを覆い尽くし、とにかくお世話になりたくない商品…という厄介者の位置づけでした。
それを消火剤に「お酢」を使うことで、使用後の後片付けの抵抗感を減らし、キッチンに置いても違和感のないカラーを選べる多色展開にする…など、工夫を凝らした製品が「キッチンアイ」です。
あいにくこの製品の開発ストーリーは存じませんが、消火器には明らかに未充足ニーズ(アンメットニーズ)があったにも関わらず、つい最近まで「そのままであった」という事実が注目に値すると考えています。
この製品を見た後なら、使った時に後処理が簡単で、見た目がキッチンでも浮かない「消火器」のニーズがあると確信できますが、この未充足ニーズに気が付き、製品化にまでこぎ着た…というところがポイントでしょう。
さて、開発前の段階に戻って考えますと、もし良識的な大人で、まじめで、やや硬い発想を持つとどうなるでしょうか?…

「消火器は赤くて、ずっしり大きくて、粉がぶわーっとでるから火が消えるんだ。もし、色がではなく
オシャレな色だったら消火器だと分からないだろう。」
「さて、えーと、消火器をイノベーションするならどうしたものかな?…使いにくいという噴射パワーを
調整できればいいのかな?よし、消費者に新しいノズルの消火器を使ってもらって意見を聞くか…。」

…これではとてもイノベーションはおきそうにありません。
もしあなたが念願の自分の家、新しいキッチンを手に入れた主婦であれば、「消火器ってダサくない??キッチンに置けるようなもっとオシャレな消火器があれば良いのに!あの粉も嫌よね…キッチンが汚れちゃうし。」きっとそう感じるでしょう。
「消火器は赤くて大きくて、粉がブワーッと出るもの、それが常識」と考えてしまうと、その瞬間にものの考え方が狭くなり、イノベーティブなことを起こしにくい思考となります。「技術・コスト的に可能かどうか」の検討は後回しです、「あったら嬉しいかどうか」という視点が大事です。
そこで、考え方のフレームを一旦外し、頭を柔らかくし、顧客目線の無邪気な発想をできるようにすることが、イノベーションの近道だと考えています。
もちろん、そういった発想は入社後数年、数十年も経つとどうしても失いがちとなりますので、顧客に迫るマーケティング・リサーチが有効となります。それも、同じことが組織全体に起こり得ますので、組織的に取り組んで共有すべきでしょう。
■世界で一番売れているビデオカメラ「GoPro」

今度は、「世界で一番売れているビデオカメラ」とも言われる「GoPro(ゴープロ)」のベンチャー企業Woodman Labs社の事例を見てみましょう。
GoProはサーファーである創業者ニック・ウッドマン氏が、波に乗る動画を自分で撮れるようにするために開発した非常に小型のビデオカメラです。
本体が小さく、衝撃に強く、各種アタッチメントで取り付けがしやすいことと、170度と言われる広角で取りあえず前の方を撮っておけば全部映るというシンプルさが売りで、サーフィンに限らず、スノーボード、モトクロス、スカイダイビングなど多くのスポーツで愛用され、ファンに支持されています。
そもそもビデオカメラの小型化は、日本のお家芸であり、小型軽量のビデオカメラは日本メーカーも開発・販売していました。
しかし、液晶画面ですぐに映像を確認したいので大きな液晶画面が必要ですし、高倍率ズーム搭載で遠くの物も大きく撮れ、手で持ちやすい形状に…などと多くの要望を満たすと、小型化してもGoProのような形にはなりません。衝撃にも強くはしにくいでしょう。
サーフィンなど「スポーツ中の動画を撮る」というニーズも明らかに未充足ニーズであり、GoProの成功後は各社が製品化していることからも技術的なハードルはさほどないと言えます。他社は「そこに気が付いて製品化までこぎ着けられなかった」…状況です。
当然、サーフィンだけを見れば市場規模的(日本で約100~200万人)に参入は難しいかもしれませんが、ウィンタースポーツ、スカイスポーツ、自転車、モータースポーツまで含めれば、市場規模としては十分でしょう。
そして、もしあなたがサーフィンに熱中していて、チューブ(波の中)の映像を友人に見せたいとすれば、「自分のサーフィン映像を、チューブの中を撮りたい!」「絶対面白いからコレ!」という無邪気な発想を持つことが、出発点となるでしょう。
※余談ですが、夏を代表するバンドの「TUBE」の名前はサーフィンの「チューブライディング」から来ているそうです。
未体験の人がいきなりサーフィンをするのは難しいとしても、サーファーに意見を聞いたり、現場を見に行くことはマーケティング・リサーチの範疇となります。その時に「撮りたくても撮れない映像の話」がニーズ把握のきっかけになるのではないでしょうか。
■従来型日本メーカーでは作れないのか?

さて、たまに
「従来型の日本メーカーはイノベーティブな製品を作れない」
「アップルやグーグルが日本に生まれない」 …といった揶揄がなされることがあります。
「SONYにはiPhoneや、GoProが作れない などという言われ方もします。
しかし、それは本当なのでしょうか?
紙面も尽きてきたので、要点の紹介だけに留めますが、Qrio Smart Lockという今ある家の扉のカギを、後付けでスマートロックに変える製品が先日発表されました。
玄関ドアの鍵を電子錠にすると「鍵を持たなくても大丈夫」「短期的に鍵を貸せる」など、便利さの面は素晴らしいのですが、工事も必要ですし、大家の許可が必要な賃貸住宅ではまずできない選択肢でした。それを可能にするという画期的な側面が注目されます。
また、Qrio株式会社はSONYが40%出資した企業であり、「SONYはイノベーションができない」という下馬評を新しい形で跳ねかえしてくれるのではないか?という期待もあり、これも注目ポイントとなっています。(クラウドファンディングも注目ポイントです。)
確かに従来のままのやり方では日本メーカーはイノベーションを生み出しにくいかもしれません。しかし、デザイン思考、UXDといった顧客起点の製品開発プロセスも徐々に日本企業で採用されており、そう悲観したものではないと思っています。
顧客起点の無邪気な発想を持てるように心がけ、顧客に接すれば、未充足ニーズ(アンメットニーズ)を「ありえない」「前例がない」「不可能だ」と無下に否定してしまう癖も変化してくることでしょう。
マーケティングリサーチ会社も、新しいトライアルを行い、消費者起点という軸足を持ちつつ、徐々に領域を広げています。微力ながらお手伝いをさせて頂ければ…と考えています。