株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
取締役フェロー 澁野 一彦
◆介護現場で出会った忘れられた日本人

先月から、東京都の福祉サービス第三者評価の評価者として、障がい者施設や高齢者のグループホームを回り、そこの利用者の人たちの「聞き取り調査」や「場面観察」を実施している。
この「聞取り調査」は、コミュニケーションが苦手な方、情緒不安定な方、また認知症が進んだ方などを対象にしているため、利用者の座る椅子や評価者との位置関係などいろいろ配慮しながら進めなければならない。
基本は「傾聴」(後述)に徹すること
「聞き取り調査」は利用者の方が事業所のサービスについてどう感じているか、また職員との関係はどうなのかなど15問程度用意された質問を聞くのであるが、設問の順番に沿って形式的に進めるのではなく、利用者の関心ごとに話題を向けるなど利用者が自分に向いてくれると思う様な雰囲気作りを心がける。
ゆっくり相手のペースで実施するため、時として質問から脱線することも多く、15分で終わる質問が1時間以上になることもしばしばである。ただこんな時、嬉々として話してくれること=語りが、存外面白く、お年寄りたち(かつての日本人)の生き様や価値観を垣間見る有用な情報になる。
このような介護施設での利用者の語りの体験を、大学准教授から介護職員に転身した民俗学者の六車由美が、『驚きの介護民俗学』にまとめている。
◆介護現場の豊饒なる語りの世界へ~言葉の力を信じる

著者は、10年近く前に 民話に出てくる人身御供譚にひそむ暴力を書いた『神、人を喰う』を著し、高い評価を受けた気鋭の民俗学者である。
彼女は、数年前に大学を辞め郷里静岡に帰り、地元の介護施設で働きながら、そこを利用する高齢者の言葉を丁寧に「聞き書き」する独特の介護、そして民俗学者としての仕事を続けている。
「大学で民俗学を研究している頃は介護の現場を全然知りませんでしたし、調査の対象とする意識も全然ありませんでした。でも介護施設では、フィールドワークで直接会うことが難しい大正一桁生まれのお年寄りをはじめ、民俗資料としても非常に豊かな語りに数多く出会えたんです」と著者は話す。
この本が面白いのは、被介護者のユニークな語りそのものであり、それを民俗学で鍛えた傾聴力と知見で、”忘れられていた”昭和初期の近代化に繋がる庶民史をあぶりだしている点にある。
いずれの語りにも、著者は驚きを持って「聞き書き」にのめり込んでいく。
「無口で気難しい要介護度5の男性がいました。出身が宮崎と知り、話の糸口にと思って、『私も宮崎の椎葉村に行った事があるんですよ』と話しかけたんです。そしたら『俺も行った』と話し始めた。電線を引く仕事でした。
高度成長期、電線の技術を持った人が集団で家族も連れて村々を渡り歩き、奥さんたちが炊事をして共同生活していたというんです。『家がないのは子供に申し訳なかったが、収入も良く一番楽しかった』と語ってくれました。民俗学で漂白民というと、芸能衆、宗教者、猟師などが大半ですから、現代にも漂泊の民がいたのかと驚きました」
また、ある大正生まれのおばあちゃんから聞いた話は、
「彼女は、18年にわたって村々を巡り、蚕の雌雄、日本種と中国種に分ける『鑑別嬢』の仕事をしていました。製糸業の歴史では女工ばかりが注目されますが、優れた蚕種を作り出すために鑑別嬢の役割は大きく、大勢の若い女性が集団で地方に派遣されるということもあり行き先々で大歓待されたということです」
その他にもエリート女性の花型職種・電話交換手として引っ張りだこだった大正生まれのシングルマザーの話や、戦後コンドームの使い方を教えに各家庭を回った産婆さん、便所の隣に穴を掘り禁じられていたドブロク作りを続けた舅のことを語る女性など、多種多様な忘れられた日本人の姿がそこに見られる。
介護の現場はまさに日本の近代化を舞台裏から支えてきた人々『忘れられた日本人』に出会える場である。
そして皆の語りに人生が詰まっている。
著者はこのような「聞き書き」をそれぞれの「思い出の記」としてまとめ、利用者本人と家族に渡し、利用者が生きてきた証しとして家族に伝え、また利用者の自信回復に繋げている。
◆散りばめられた言葉を紡ぐ。~介護現場でのコミュニケーションへの違和感

「驚きの介護民俗学」では、民俗学でのフィールドワークの手法と介護現場でのコミュニケーション手法の違い(違和感)についても言及している。
民俗学で言う「聞き書き」は、対話の中から調査対象者の言葉を聞き、書き留めることで事象を捉えようとする。
つまり「聞き書き」では、そのまま生の言葉が重視される。対象者の身振り、手振りや表情など非言語コミュニケーションも大切だが、それは語られた言葉を理解するための文脈としての情報であり、「聞き書き」では、語られた言葉をいかに正確に記述し、そして文脈に沿って解釈するかが最も重要になる。
一方介護の世界では、語られる言葉による言語コミュニケーションに比べて、表情や態度、身振りといった言葉以外を情報でやりとりをする 言葉以外の非言語コミュニケーションが過剰に重視されがちである、と著者は
疑問を投げかける。
「ケアの現場では、相手の表情や態度、身振りから気持ちを察することが大事だとよく言われます。でも私は、相手の言葉そのものにもっと耳を傾け、理解する方が大事だと思うんです。コミュニケーションは本来そうであるべきなのに、ケアになった途端になぜか違ってしまう。言葉より気持ち、表情だと。それは結局、相手の力を軽視しているからではありませんか」
更に筆者は、ケアや援助の場面で使う「傾聴」とは、発せられた言葉の内容を理解し受けとるのではなく、話を聴いているということを相手に伝える 聞き手側の姿勢や態度のことだと言う。
介護の現場では、利用者の話をそのまま繰り返したり、言い換えて要約したり、あるいは明確化する 応答技法で、相手を安心させたり、勇気づけたりする。ただそれは、語られる言葉が示す内容そのものより、利用者の気持ちを察することを主体としている。例えば認知症の利用者は同じ言葉を繰り返すことを特徴とするため、その内容自体の意味を軽視しているのだろうか。
しかし、先ほどの「思い出の記」で触れたように、利用者の記憶から湧き上がる言葉は、その人の最も輝いていた頃の証しであり、利用者の生活や志向を理解する手立てとして重要な情報となり、介護現場での適切な関わり方にも繋がってくる。
「語られた言葉にしっかり向き合い、散りばめられたたくさんの言葉を一本の糸で紡ぐ」
これが、民俗学者としての筆者の矜持であり、よりどころである。ただ過酷な介護現場の当事者として、”驚き続けられない”自身を憂い、迷い、ためらいもする。
この他にも、「共感」や「受容」という概念の捉え方など、利用者とのコミュニケーション(手法)に関わる多くの問いかけや自問が為される。
この本を読むと、我々リサーチ分野で普段行っているフィールドワークや聞取り調査(インタビュー)という言語的コミュニケーション手法のあり様についても、これでいいのかと考えさせられる。
人の深層を探る専門家を自負する?リサーチャーにとっても、多々刺激を受ける本であった。
参照:六車由美著『驚きの介護民俗学』、朝日新聞オピニオン欄インタビュー