株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 アシスタント・ディレクター 小林祐児
前回、「家族」という社会集団について、20世紀に先進国の多くで支配的になった「近代家族」という家族の1つの形の諸特徴を下のように整理して議論した。
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ヨーロッパから広がったこの家族モデルは、日本においても戦後から数十年支配的な地位であり続けてきたが、多くのメディアでも家族の変容が語られている通り、そろそろ耐久期間が切れそうだ。
しかし、そういった家族現象の変動を「家族の破壊」や「崩壊」として把握するのは社会学から見ると端的に誤っている。
それは単に「近代家族」というモデルの統一性を信じすぎているがゆえの錯誤、もしくは「こうあってほしい/あるべき」という願望の投射にすぎない。現代日本の家族の変容を正確に捉えるには、上の諸特徴が不変的な「家族」の特徴ではなく変動的なものであることを前提としつつ、「何が変わったか/変わっていないか」を冷静な目でトレースする必要があるだろう。
今回と次のエントリでは、現代日本の家族の様相を、【若年層】【高齢層】に分け、トピック的にまとめていく。
まずは、比較的若い家族の様子について各種統計データから読み取れることを紹介していきたい。
【現代家族の変容――若年層編】

■少子化現象の社会学―「震度計」としての少子化
世帯構成人数の減少、合計特殊出生率の低下、生涯未婚率の増大… この辺りの日本家族の縮小傾向については残念ながらというべきか、すでにお馴染みのトピックとなっている。
特に日本の市場の将来を語る上では、少子化現象にフォーカスを当てて語られる事が多いが、一口に少子化と言っても、それは様々な社会の地すべりが複層的に絡み合って起こる地震のようなものである。「結果」でしかない「震度」の話よりもいっそう大事なのはその「原因」のほうであるが、実はそれは論者によっても意見が別れるところだ。
だが、筆者の知るかぎりでは、「婚活」現象ブームの立役者の一人であり家族社会学者の山田昌弘らによる次のような説明が納得性の高いものとなっているので、ここではその議論を主な参考元にしながら、考察してみたい。
■少子化議論の前提――若年層は「結婚したい」のか
まず議論の前提として、「結婚したい」と思っている若年層は多いということを確認しよう。価値・意識・ライフスタイルの多様化が進み、結婚よりも仕事や趣味を選ぶ人も増えてきているなどとよく言われるものの、「結婚したい」と考えている人はまだまだ大多数である。下のグラフを見ても分かる通り、18-34歳までの未婚男女で、「いずれ結婚するつもり」と回答する割合はこの20年ずっと9割前後をキープし続けている。
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第14回出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)
さらに下のグラフは、未婚者で結婚への意思がある者に対しその意志の強さを尋ねたものだが、「ある年齢までには結婚するつもり」と答える傾向は2002年から男女ともに増加傾向をみせており、質的な面でも結婚への意欲そのものが薄弱化したことは確認できない。
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第14回出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)
しばしば巷で聞かれるような、「結婚に対する価値観が多様化し、結婚したがらない人が増えた」という言説は、こうした数字を見る限りほとんど説明能力がないことが分かる。
こうしたデータからは、控えめに言っても「価値・ライフスタイルの多様化」と「結婚したがらない人が増える」ことの間に区別を設けたほうがいい、ということが示唆される。多様な価値・ライフスタイルを支えるベース・基礎制度として「結婚」という形態を求める人が増える、ということは十分にありうるからだ。
ここでは、こうした世間に多くある曖昧な議論を終わらせるために、少子化の原因を(1)現実/願望ミスマッチにおける負のスパイラル (2)婚外子出生率の低さの2つに分けて議論してみよう。
■少子化の要因(1)―現実/願望ミスマッチにおける負のスパイラル

男女ともに結婚したくないわけではなく、むしろしたい人が大多数を占める中、なぜこれほど晩婚化が進み生涯未婚率が上がるのだろうか。ここに、男女の願望と現実のミスマッチが存在することを山田らは指摘している。
その要因を筆者なりに修正・整理すると、
 【1.パートナー探しの選択肢の広がり】
 【2.進まない女性の社会進出】
 【3.男性の所得への期待はずれ】
の3つの要素が負のスパイラルを描いていることが言えそうだ。(下図)
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【1.パートナー探しの選択肢の広がり】
まず第一に、結婚のパートナー探しの選択肢自体は「増えている」。以前のようなお見合いや親族・会社上司の紹介からの結婚数は減ってはいるものの、代わりに合コンやネットを通じた出会いなど、パートナー探しに利用できるリソースそのものは情報産業の発展とともに続々と登場し、結婚相手紹介サービスも市場に乱立している状況だ。それらを利用する/しないに関わらず、パートナー候補者と「出会う」ことまでは多くの機会が存在している。
しかし、一夫一妻制をとる婚姻制度の下では、パートナーを「選べる」ことは決して自由の拡大に直結しない。パートナーを1人選ぶことは、パートナーとして「選ばれなければならない」ことも同時に意味する。
自由恋愛の自由度の増大と、出会いの機会の増大、そしてそうした事態への認識の広がりは、パートナーを選びやすくするどころか、パートナー選びの相互一致の可能性を大きく下げる。5人の選択肢の内から互いに選び合えばよかった関係から、50人の内から互いに選び合う時、その一致確率は単純に大きく下がる。
また、パートナー探しのプロセスにおいて、今回の出会いがダメでも「次の出会い」が(探せば)あると期待させ、さらに相手側にも自分以外に「次の出会い」があるだろう、と予期できてしまうとき、特定の候補者への深いコミットメントへのインセンティブは必然的に下がってしまう。
【2.女性の社会進出の進まなさ】
2つ目に、男女雇用機会均等法制定以降もなかなか思うように進まない「女性の社会進出」の問題がある。
経済的不況を背景に、女性が十分なキャリアを積んでいく程度は、欧米に比較するといまだ散々たる現状である。特に大手企業における現状は振るわず、会社規模5,000人以上を超える企業において、課長相当職以上の女性管理職の割合はたった2.9%しかない(厚生労働省「平成23 年度雇用均等基本調査」)。
既婚者の共働き世帯は増えても、まだまだ女性は一家の主要な稼ぎ手としての地位を獲得できるところまで至っていないのが現状だ。
【3.男性の所得への期待はずれ】
3つめに「男性」の就業・所得への男女双方からの期待と、それに見合わない現実の低所得化・非正規雇用化がある。
すこし話が横道にそれるが、日本の性別役割分業についての議論でよく引用されるデータとして、内閣府「男女共同参画社会に関する世論調査」における、【夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである】という意見についての賛成/反対を聴取する項目がある。
この項目への賛成回答は70年代と比べるとかなり下がっており、一見、日本人の夫婦役割分業意識は弱まっているように見える(震災後一時強まった傾向も見られたが)。しかしこの項目、実は典型的なダブル・バーレル質問になっている。「夫は外で働き」、「妻は家庭を守る」ことは行為の主体も内容も全く違うことなので、本来は別の項目で聴取しなければならない。
よってここでは、同じ内閣府による平成24年「男性にとっての男女共同参画」に関する意識調査」の結果をみよう。
紙幅の都合で箇条書きで引用すると、

●「家族のために仕事は継続しなければならない」と回答した男性は全体の8割弱。
●同様の役割を男性に期待する女性も全体の8割と多い。
●「妻にはできるだけ稼いでもらいたい」と回答した男性は全体の2割弱、否定的な回答は2割強。

これはつまり、「妻が家庭を守る」かどうかは別にして、「家庭内の主要な稼ぎ手は男性である」という伝統的意識がいまだに圧倒的多数の男性と女性に染み付いていることを示している。多くの調査で明らかになっている通り、「男女平等」の価値観は広まっており、近代家族の「性別役割分業規範」の時代は終わりに差し掛かっているかのように見える。しかし、そうした建前上の意見が変わることと、実際の分業意識の実情が変わることは違うことだ。
実際、未婚女性の「相手に求める条件」について、2002年から2010年にかけて「経済力」を重視する者が33.9%から42.0%へ、「職業」を重視する者が22.6%から31.9%へと、こうした意識調査にしては大きくジャンプアップし、「考慮する」も含めると経済力は約94%、職業は85.8%にものぼる(第14回出生動向基本調査)。
しかし、男性側の現状はどうだろうか。男性若年層における非正規雇用率は過去最高を記録し、特に未婚者の3割近くが無職か非正規雇用であることを考えると、こうした経済的な家族規範に応えられる男性が相当に少なくなってしまっていることがわかる。
ここに「まともに稼げない男性」とその「男性を魅力的に感じない女性」のミスマッチングが起こっていることを見るのはそう誤った見方ではないだろう。
■少子化の負のスパイラル・まとめ
以上の3つをまとめると、日本の少子化の要因について、次のようなスパイラルが説明できそうだ。

1.長引く不況と働く女性の地位改善の進まなさによって、結婚意思を持つ多くの未婚女性は経済生活のリスクヘッジをパートナーの「所得」と「正規雇用」に求めていく傾向にある。
2.だが、男性の結婚適齢期における未婚者は、その期待に見合うだけの雇用と所得状況にない。ここに、願望と現実のミスマッチが起こり、パートナー選びは失敗する。
3.しかし、パートナー選びの機会の増大によって、パートナー探しは常に「次の潜在的候補者」がある状態でありつづける。次の候補者で上のミスマッチングが解消できればいいものの、確率的に全体としては1.の状態へ戻る者が多くでてくることになる。

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このスパイラルの動力源近くに、近代家族の特徴の1つであった「愛情を前提とする結婚」という規範が大きく関わっている。お見合い結婚が主流だった時代には、2のような願望と現実のミスマッチは「紹介者・仲介者」による調整によって予め回避されていたし、3のような次から次へ「相性の良い」パートナー候補を探すような行動も少なかった。
パートナーの選びの「自由さ」は、近代家族化によって生まれ、そして今その「自由」によって自らの首を絞めているように見える。この近代家族の「変わらなさ」が近代家族の足元を揺るがしているのだ。
■少子化の原因(2)―婚外子出生率の低さ

もう一つ、日本の少子化問題の背景として忘れずに指摘しておきたいのは、婚外子(非嫡出子)出生率の圧倒的な低さだ。これは国際的な統計が参考になる。アメリカの疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)によるレポートをそのまま引用しよう。
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これを見ると、北欧含めた欧米諸国全体と比べた日本の婚外出生率はきわめて低い。かつ、その数字は80年代から先進国のほとんどで大幅に増加しているにも関わらず、日本の伸びは微々たるものである。
これには各地域によって様々な社会的な背景があり、個人主義の発達したヨーロッパでは結婚しなくても成人になった子どもは親元を離れ、低収入を補うために早々に同棲を始め子どもをつくる、アメリカでは婚外子率が高い層が低所得者層に大きく偏っているなどの違いが見られる。
しかし、出生率の低さをこうした婚外子出生率の増加が補っていることは多くの先進国でみられる特徴だ。一方で、日本と同様に儒教的な家族主義が強い韓国・香港など、アジア諸国でも同様の傾向が見られ、合計特殊出生率は下がり続けている。
スウェーデンでは「サムボ」、フランスでは「PACS(連帯市民協約)制度」のように、事実婚を公的に認可する制度が整備されたことも大きい。相続などの面で通常の夫婦と差別されない制度が結婚の前の準備段階や形にとらわれない多様な子育て形態が広まることを後押ししている。
日本でも基本的には「婚外子」への法的差別は縮小されてきたが、社会的な差別意識はほぼ丸々保存されていると言っていいだろう。少子化問題の解決のために見逃してはいけない論点である。
ここまで、現代家族の少子化の要因として、(1)現実/願望のミスマッチングによる負のスパイラル (2)非嫡出子の少なさを指摘しつつ、現代の若年層に起こっていることを紹介してきた。
数十年に渡って日本を覆ってきた「近代家族」が、量・質ともに変化を遂げている/変化していない面をみたが、その不変と変化の噛み合わせが「少子化」という大きな「地震」となって現れている。震度計の針を見るだけではわからない背景的な社会構造の理解は今後とも必要であるし、社会学的な知見がそこに貢献できる点も少なく無いだろう。
若年層を巡っても他にも多くのトピックがあるが、紙幅が尽きてしまったため、高齢層編とともに次のエントリへ引き継ぐことにする。