株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 アシスタント・ディレクター 小林祐児
少子高齢化、女性の社会進出とそれに伴う男性の社会的地位の変化、「イクメン」の登場、変貌する親子関係、離婚率の上昇、親族間の凶悪犯罪…。今、これらの現象を前にして、現代日本の家族の形が揺らいでいることが、まことしやかにささやかれている。週刊誌などのメディアには、『家族の〈崩壊〉・〈解体〉』といったエキセントリックな文字が踊ることもしばしばだ。
しかし、そこで揺らいでいる・崩壊しようとしている家族の「形」とはなんだろうか。社会学では、全ての家族が当てはまるような「形」を想定しない。「家族」というのは常に特殊な社会集団のユニットであり、時代と文化によって相当に異なる「形」を持っている。その中で、形が「崩壊」しているように見えるのであれば、それは「前の時代」からのなんらかの変化に対する拒否感の現れとして、それ自体を社会現象としてみることができるものだ。
■家族の5つの社会的機能

わたしたちのほとんどが否応なく参加して(しまって)いる「家族」という集団の姿を少しでも客観的にみるためには、機能主義的なアプローチがわかりやすい。家族が人の結合のユニットとしてどのように機能しているかを見ることで、どこが・どのように変わっているか、そしてしばしば等閑視されがちだが、どこが・どのように「変わっていないか」を見通しやすくなる。社会学的にみると、家族の機能は主に次の5つがあげられる。
家族の社会的機能.png
こうした機能の全てを果たしているといって家族になるわけではないが、家族の機能を一旦このように抽出し、前近代から近代、そして現代と変化してきたこれらの機能的変遷を見ていくことにしよう。
戦後の先進国の多くで支配的になった家族の〈形〉は、「近代家族」という〈形〉であった。今回のエントリでは、いま刻々と「解体」が進んでいるこの〈近代家族〉という家族ユニットの特徴を抑えてみる。
■「近代家族」という〈形〉

近代家族という形態は、19世紀後半のイギリスの産業革命以後、欧米を中心に広がっていった。では、近代家族は上のような機能をどのように果たす家族形態なのだろうか。前・近代の家族形態と比較していくと、次の4つの特徴をあげることができる。
近代家族の特徴.png
上から順に説明していこう。
Ⅰ.愛情を前提とする結婚
まず、近代家族は、結婚の前提として、「愛情」を置く。結婚と愛情を結びつける〈ロマンチック・ラブ〉という観念については前時代との比較を含めてこのメルマガでも取り上げたことがある。近代家族は、性的関係を配偶者間のものとして、空間的・人間的に限定しつつ提供する、という機能がある。これらが上でいうところの【1】性的機能と【4】成人のパーソナリティの安定化の機能に対応する。男女の営みの安定した獲得によって夫と妻の感情的セーフティ・ネットとして機能するわけだ。
Ⅱ.性別役割分業による【公/私】領域の分離
上の結婚関係、そして上記【2】の経済機能についての近代家族の際立った特徴として、「私的領域」と「公的領域」が「性別分業」によって二分化されるという特徴がある。つまり、夫が外(公的領域)で働き、女性が家(私的領域)で家事をする、という男女の性別役割分業が、この形態によって初めて一般的なものになった。
近代家族登場以前の家族の多くは、家内制生産方式の経済を営む自給自足的な生活をしており、そこでは作業的な意味での分業はあれど、それは公/私の領域的区別と重なるものではなかった。
しかし近代以降、公的領域としての職場で夫が生活費を稼ぎ、妻は私的領域としての家庭で家事・子育てに従事するべき、という規範が広く一般化した。この規範は、女性の社会進出を強く限定しながら、現在の家族問題にも作用し続けている。
Ⅲ.子ども中心主義
近代家族において、子どもは、存在自体において愛情を注がれるべき、「特別な期間にある者」とみなされ、教育(社会化)に両親の力が注がれる
これは、【3】子どもの社会化に直接関係するが、前近代において子どもがどういった存在であったかをみることで補足しよう。
家内制生産方式の経済下におけ親子関係でもっとも重要視されていたのは「親の伝統技能の伝承」である。そうした中では、技術や技能、専門知識は父から子へ、そして孫へと受け継がれていくものであり、その技能を修得できない「出来の悪い」子は親の愛を失うことになった。
J.E.ディザードとH・ガドリンが「条件依存的な愛contigent love」と呼んだこの状況は、家内制生産方式が失われていく経済構造の変化とともに変貌し、下の家族の小規模化と相まって、子どもはそれ自体で尊く・等しく愛情を注がれる「べき」存在へと姿をかえたのだ。
Ⅳ.家族の小規模化
人口の流動化が進み、避妊技術の一般化で出産のコントロールが可能になったことで、近代家族が一般化した多くの社会では世帯あたりの人数の減少が進んだ。そこでは、「両親と未婚子」という核家族が一般的なモデルになる。日本を例にとっても、一世帯当たりの構成人数は戦後一貫して減少し続けている。これは、【4】福祉・ケア機能が少人数での集団内で行われるようになるということにも直結している。
■日本における近代家族

日本では、こうした近代家族化は大正時代の都市中流階層にまず見られるようになったが、こうした家族が「理想型」として一気に広がるのは1960年代の高度経済成長期とされている。それだけではやや雑なので、これを【「家」家族/「家庭」家族】の旧二重構造から【「家庭」家族/個人】の新二重構造への変化としてまとめた西川の議論を参考にしよう(西川2010)。
日本の家族構造変化.png
日本では、1871年戸籍法と合わせ、1898年公布された明治民法において、国民のすべてが父を中心としたいずれかの「家」=「戸」に入ることが決定される。ここで同居に関わらず血縁関係を前提とし、戸主=父親を中心に戸籍に登録される「家」家族が成立する。
しかしその後、1900年代に入り産業構造の変化で人口移動がさかんになると、人々は「家」家族の場所、つまり戸籍に登録された本籍地以外のところで結婚し、新たに小さな家族を形成し始める。これが西川が「家庭」家族と呼んでいるものであり、ここにおいて、日本の「家」家族/「家庭」家族の旧二重構造が成立する。
この旧二重構造において、人々は、平時は「家庭」家族で生活するも、不況や災害、戦争などの非常時には故郷に帰り、「家」家族の庇護の下で生活する。「家」家族は「家庭」家族のセーフティ・ネットとして機能しつつ、人口構造上は「家庭」家族がその厚みをましていった。そして、ここでの家族の姿が、正にこれまで述べてきた〈近代家族〉の特徴を備えた新しい家族形態であったのだった。日本の近代家族化は、単線的な変化の結果ではなく、「家」家族との捩れた二重構造において成立してきたことはここで確認しておきたい。
■近代家族「以後」

そして、戦後の国家再編成による民法改正とともに「戸主」を中心とした家制度は廃止され、20世紀の後半に入ると、日本家族の形態はさらなる変化をみせていく。
「家庭」家族の広まりの中、就学や就職のために「家庭」家族を離れて生活する「個人」が増加し、ここに「家庭」家族と「個人」という新しい二重構造が成立する。この二重構造の中、「家庭」家族はそれまでの「家」家族と同様に、非常時には「個人」のためのセーフティ・ネットとして機能することになった。こうして、単身世帯が増加し核家族の構成員が減少することにより、先程も述べたとおり、日本の一世帯あたりの構成人数は一貫して減少し続けている。(下図)
世帯数グラフ.png
(厚生省・国民生活基礎調査より)
こうして、「近代家族」という形は、20世紀後半から日本においても支配的な家族のモデルとなった。そして、この家族のモデルの耐用年数は予想以上に短いものになりそうだ。今、近代家族が特殊な形で果たしてきた機能の様相は、確かに大きく変わろうとしている。上で述べた単身世帯の上昇も、すでに近代家族のきれいなモデルを四方から取り崩すものとしてみることができる。
次回は、ここまでの内容を引き継ぎつつ、いよいよ「現代」の家族にスポットを当てることにしたい。

【参照文献】
西川祐子、2000、「住まいから見る日本型近代家族論」 『家族社会学を学ぶひとのために』所収。現代思想社