株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 シニアディレクター インタビュアー 梅津 順江(ウメヅ ユキエ)
渋谷・東急本店横【Bunkamura ザ・ミュージアム】で展示している「だまし絵※1Ⅱ」に行ってきた。 
この展示では、描かれた図像が盛り上がって見えたり、観る場所や光の当て方を変えると別の絵が浮かび上がったりと、絵画の虚構性に着目し、観る人の目をあざむく技法に焦点をあててその系譜をたどっている。
古典的絵画から現代美術にいたるまでの絵画・映像・彫刻の展示は、さまざまな技法を用いて目の錯覚をもたらす工夫が施されており、それらが正々堂々と「さぁ、だまされて!」「真実を見破って!」と言っているようだ。
「消費者が嘘をつく」論議はよくされるが、「マーケターもある種、嘘つき」なのではないか、と思う。
前者でよく言われているのが、消費者は悪気がなく嘘をつくということ。昨今、急速に進歩した脳科学の研究によると、消費者は購買決定の際、意識的に嘘をつくケースと無意識的に嘘をつく場合がある、という事実が明らかになっている。
この無意識的な嘘は「1.消費者の意思決定は感情優位である」「2.消費者の記憶は曖昧である」「3.消費者は言葉では考えない」という3つの脳の動きによるもの※2とされている。
本稿では、主に後者(マーケターや表現者の嘘)について触れたい。
そもそも「人の目をあざむく」ことは、芸術においても市場においても大きな目的の一つのように思われる。真に迫った描写をしてこそ、作品に説得力が増し、観る者を感動させることができる。平面(2次元)に3次元空間を生み出す遠近法は、究極の「だましのテクニック」と言えなくもない。
マーケターの場合、「嘘から出たまこと」を狙っているのではないだろうか。嘘もしくは大げさに言っていたことから芽が生えて結果的に真実になればいい、冗談や作り話が現実になるといい、と願っているのだ。また消費者も、マーケターが嘘をつく(≒常識を覆す物語・提案)を楽しみに待っている。
一般的に「嘘」は良くないことだが、消費者側が求めているのであれば、マーケターの嘘は問題ないのではないか。もちろん、ここでいうマーケターの嘘は「ストーリー(物語)」のことで、「偽装や詐欺」のことではない。
嘘を語ることで人を行動させるマーケター(表現者)のテクニックの発達は、見逃せないものがある。最近、筆者が錯覚を起こした例として、「ビールをワイングラスで飲むことを推奨するプロモーション※3」があった。
「科学的」「厳密」には、どんなの形のグラスで飲んでも中身は変わらないはずである。一般的なタンブラーグラスで飲もうが、取っ手付きのジョッキグラスであろうが、脚付きのワイングラスで飲もうが、品質そのものは違わない。
しかし、ワイングラスで飲むことを推奨されることで、モノの値打ちが歪められ、高級で優雅なイメージが加わるから不思議である。Twitter上にも「CMに感化されプレモルをワイングラスで、しかも香るプレミアムだからいつものよりちょっぴり豪華な気分(よしoωoひと)」などのコメントが流れていた。
マーケターの語る「嘘(≒物語)」は消費者の主観に働きかけるため、ココロや時間の付加価値として響かせやすいのではないか。度を越した嘘は詐欺であるし、限度を超えてしまうと社会的制裁の対象になってしまう。ほくそ笑んでしまう「ほどよい嘘」が、心地よくモノを消費できる嘘として求められているのでないかと思う。
本展では、だまされる快感を求めながら視覚の冒険を堪能でき、「観る」という行為の本質に触れることができた。まずはだまされてみて、これは実は嘘なのだと覚醒する。それは意識的な行為だが、観終わった後に思わず微笑に誘われ、その瞬間にココロがあらゆるわだかまりから解放されて実に自由になれた。
また「見方を変える」「逆視点から観る」ことを学び、新たな創造に向かうことができそうである。これが、芸術の重要な役割なのであろう。
芸術家が「だまし絵」のテクニックを援用することによって、観る側の感性に強く働きかける新たな地平を切り開こうとしているのと同じく、マーケターも新しい表現やアイデアの工夫で消費者を楽しませる「嘘(≒常識を覆す物語)」を提案していかねばならない。

※1:だまし絵:トロンプルイユ(Trompe-l’?il)とはシュルレアリスムにおいてよく用いられた手法・技法。トロンプルイユは、仏語で「眼を騙す」「目を欺く」を意味し、精密な描写で実物そっくりに見せかける。近年では「トリックアート」「スーパーリアリズム」とも。
※2:「マーケティングは消費者に勝てるか」 ルディー和子著(ダイヤモンド社)より抜粋。
※3:サントリーが「プレミアムモルツ×ワイングラス」のプロモーションを実施。
 「驚くほど、香り、ひらく」というフレーズで、華やかな香りをゆっくりとワイングラスで楽しむ飲み方や時間の価値を提供している。
 CMのみならず、「香りひらくグラス」のプレゼントキャンペーンも行っている。