株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 ディレクター 牛堂雅文
●五感とは?

「五感」といえば、何をイメージされるでしょうか?
「視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚」が五感と言われるものです。しかしこの5つは均等に使われているわけではなく、人はほとんどを「目からの情報」で判断し、一説によるとその割合は「視覚」が83%になるとも言われています。(数値は「産業教育機器システム便覧」より)
2007年頃に「五感マーケティング」(高橋 朗 著)が出版されるなど、「五感マーケティング」が注目を浴びたことがありました。当時は、視覚以外の部分に着目し、例えば音や、ニオイ、触感なども含めて魅力を伝えていくことの重要さが訴えられました。
そもそもマーケティング・リサーチも、紙やWebの画面といった「視覚」に頼る部分が実に大きく、そこではカバーしきれない、実物を通じて触感や味、ニオイなども試してもらうために、会場調査、HUT(ホームユーステスト)、グループインタビューなどが用いられています。
MROCですと「実際に○○へ行ってください」というお題が出されることもあります。
今回は五感に限らず、重さ、平衡感覚、温度・湿度を感じることなど体感も含めて「広く人間の感覚」について述べたいと思います。
●ブラインドウォーク

五感マーケティングが話題になった頃、私が行った取り組みとして「ブラインドウォーク」というものがあります。
これは視覚がない状態を体験するものであり、二人でペアになり一人の人が「目をつむるか、目隠しをする」といった状態で、もう一人の人が手を差し出して案内、散歩をするものです。視覚障害を体験することを目的に教育などに使われるもののようです。
実は、ブラインドウォークには「視覚障害を体験する」以外のメリットがあります。私は銀座の街の片隅をこの状態で歩いたのですが、街や生活空間にどれだけ音やニオイがあふれ、風や日差し、足で感じるものが多く、いつも見慣れたものを違った角度で見られる経験ができます。
道には何もなさそうに見えても、ちょっとした段差や突起・スロープがあり、目が見えないと足を踏み出すのにも躊躇します。
車のエンジン音や、遠くで聞こえる音楽が気になったり、飲食店からおいしそうなニオイがしてくることもあります。日差しのある日だと、夏でなくても日向と日蔭で温度が違うことも実感できます。
街にはこんなに多くの視覚以外の情報があふれていたのか…、そして怖いものもあれば、魅力的なものもあると気づかされます。
「ブラインドウォーク」は、比較的簡単にできるものですし、視覚以外の感覚を磨くのに大いに活用できますので、よろしければ一度お試しください。
●視覚以外の感覚

視覚以外を使う体験を通じて「他の感覚」について考えるようになると、音や触感、ニオイなどの体感を製品やプロモーションに活用できないか?という発想に至ります。
「五感マーケティング」が提唱されて以来、「香り」のサンプルを店頭で体験できることが増えたり、「音」を出す店頭販促ツールも見かけるようになりました。
別の例として、渋谷の「無印良品・Loft&」のビル(モヴィータ館)の外壁に「Book Clock」というデジタル時計があります。これは画面上の本に時間(数字)がかかれ、それを手でめくることで「デジタル時計」を表現しているものであり、動きが面白いものです。
しかし、視覚だけに頼るとにぎやかな渋谷で気づかれないまま終わる可能性がありますので、「1ページごとに本をめくる音」がスピーカーから流れ、「なんだろう?」と気が付きやすくする仕掛けがされています。
Book Clock_0828.JPG
鉄道の例では、京王線のトイレも入り口付近のスピーカーから「水の音」が流され、音でもトイレの位置が分かる仕掛けがされています。
また、音や体を動かすことなどの「体感」を重視したものとしては、階段を鍵盤に見立て「歩くと音のする階段」を作った事例もあります。これはエスカレーターではなく階段を使ってもらう仕掛けなのですが、面白くて自然に階段を上りたくなるのが秀逸です。(よろしければ、Youtube動画をご覧ください。)
視覚がメインなのは相変わらずですが、それ以外の感覚に訴求する手法も徐々に浸透しているようです。
●視覚から他の感覚を訴求

そうは言っても印刷物やWebなど「視覚」に頼ることが多いのが現実です。そこで、「視覚」に戻って、「視覚で他の感覚を刺激することができないか?」という発想も出てきます。
味覚を刺激するような「シズル感いっぱいのパッケージ」…という例に始まり、フォントで柔らかさを表現する、湯気を書き込む、温度感が伝わる色遣いにするなど、様々な試みがなされています。
ここまで、マーケティング・リサーチからやや離れた話題になっていました。しかし、視覚に頼る部分が多いマーケティング・リサーチゆえに、視覚を起点にして五感を刺激することに意味がでてきます。
大きさを伝えるのに、実物やモックアップを用意できない場合、「何センチ・何メートル」と書く、「手のひらサイズ」と感覚的に捉えられる表現にする、「ビジネスバッグにすっぽり入る」と生活シーンを想起させる、モデルに持たせて想像しやすくする…など、やりようがいくつかあります。
触覚を言葉で表すために、「つるつる、すべすべ、ぷにぷに」といった「オノマトペ」マーケティング対比志向参照  )を用いるなどのやり方もあります。
特に「コンセプト」の時点では、視覚に頼らざるを得ないことも多く、これらの表現の工夫のしどころです。
「持てない、触れない、動かない」ものでも、デモ動画を使うことで、疑似体験をしてもらうことも可能です。
どうしても視覚に偏りやすいマーケティング・リサーチにおいて、どうやって他の感覚を伝えていくのか?簡単な解決法はありませんが、考え続ける価値のあるテーマと言えそうです。
●視覚以外が持ち帰りにくいエスノグラフィー

一方、あらゆる感覚を総動員できる、現場に出向いて肌で感じる「エスノグラフィ―」という手法があり、前回ご紹介した「UXD」においても推奨されています。
「ニオイ、温度、周囲の音、質感、対象者の表情・話し方・しぐさ」等多数の情報に接することができる素晴らしい手法です。
しかし、現場で感じたものを全て持ち帰るのは中々難しく、ビデオや写真、発言録などを用いますが、記録になった瞬間に情報量が減じてしまう…という側面があります。
ただ、それも現場に行った経験があればこそ、減じた分を言葉で補足することができます。全員で現場に行けず代表者だけになったとしても、「3現主義」(「現場」「現物」「現実」)という言葉があるように、ぜひ「ユーザーやターゲット層のいる現場」に出向く経験を持ってください。
「記録による減衰」をお伝えするために、やや話題をそれ、音楽の話をさせて頂きます。「JAZZのビッグバンド(15~20人編成)」をご存知でしょうか?
ビッグバンドはサックスなど管楽器が中心となり、ピアノやドラムなどが加わる形式でして、最初にCDで聴くと色々な楽器の音も混じり、立体感もなく、大して迫力がなく、「ビッグバンドはそんなに良いのか?」…と良さが伝わりにくく感じられます。
しかし、学生バンド・JAZZフェスなど「ライブでビッグバンドを聴く」と全身で「音圧」を強く感じ、全く迫力が異なります。ライブで聴き、バリトンサックスの低音の魅力に取りつかれた知人もいました(笑)。低音の楽器は、耳以外に内臓も含めた全身で聴く感覚になります。
「聴覚」という録音・再生ができるものですら、生と記録でこれだけの差があるわけですから、記録を辿るだけではなく、現場に行くことが推奨されるのもご理解いただけるのではないでしょうか。
●日々できること、そして今後

特に最近は、PC、スマホなどに囲まれ、気がつけば日々つい「視覚」に頼ってしまいがちですので、それを補正する意味で「五感で考えるとどうなるのか」という発想を持つことが、五感とうまく付き合うコツなのかもしれません。
コンセプトの作成、パッケージやプロモーションでの工夫などで、五感を意識するだけでも伝わるものが変わって来そうです。
そして、「超音波振動でツルツル、ザラザラなど触覚を再現するタッチパネル(富士通)」の研究 が発表されるなど、テクノロジーの発展により、いずれは視覚・聴覚以外も伝えやすくなるのかもしれません。