株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 ディレクター 牛堂雅文
■UX(ユーザーエクスペリエンス)とは?

ここ数年、UX(ユーザーエクスペリエンス)UXDデザイン思考人間中心デザインといった言葉を目にすることが増えました。(この中にエスノグラフィーという言葉も登場します。)
「UX」とはユーザーがある製品やシステムを使ったときに得られる経験や満足などを差すものであり、技術など提供側視点ではなく、「ユーザーの体験に根差して物を考える」ことが最大の特徴ではないかと考えています。また、全員押しなべて…というよりは「個々人の体験」を重視する点も特徴と言って良いでしょう。
UI/UXと言われることもありここも混乱しやすいようですので、感覚的に理解して頂くために、Ward Andrews氏によるUI(ユーザーインターフェイス)、UX(ユーザエクスペリエンス)、Product(製品)の違いを表す写真を引用します。
UXとは何か.jpg
【出典】The Difference Between UX and UI
http://design.org/blog/difference-between-ux-and-ui-subtleties-explained-cereal
「UX」で捉えると、こういったスプーンと容器で「シリアルを食べる」という体験となります。一方「UI」で捉えるとスプーンというインターフェイスになり、「Product」で捉えると個々のシリアルや容器、スプーン、牛乳といったものとなります。
「ユーザーの体験に根差して考える」という「UXのスタンス」が伝わりやすい写真で、最近の私のお気に入りです。
※なお、「UX」と「UXD」も並列で語られることが多くなりますが、「UXD」は「UX」に基づいた設計・デザイン手法であり、「UX」を起点とした製品開発のステップ・手法・考え方といいますか具現化する「お作法」の部分となります。
■モノからコトへ

さて、技術的なものへの関心が低下し、「モノ」より「コト」の時代などと言われており、体験価値が重要になった今だからこそ、より「UX」が注目されるようになったものと思われます。
以前注目された書籍「100円のコーラを1000円で売る方法」(中経出版 永井孝尚 著)でも、「100円のコーラが1000円で売れる事例」が紹介されていました。種明かしは控えますが、「環境や提供方法などの体験が全く異なるから1000円で買っても納得してしまう」という話であり、私にとっては「体験をどう設計するか」…を考えさせられる問いかけでした。
また、「スマホアプリ」などユーザーに近いところでソリューションを提供できる時代だからこそ、ユーザーの使用環境・ストーリーの理解、そこへのフィットが大事だと言えるかもしれません。
■マーケティングリサーチとUXの違い…その出所

「UX」が脚光を浴びる以前から、マーケティングリサーチでは、定性調査、ペルソナの作成のように個々のユーザー・顧客の体験について考えることはそれなりにあり、その部分のみでは「UX」にあまり新規性はありません。
ですので、「UX(ユーザーエクスペリエンス)」といっても、「今までと何が違うのか?」とお感じではないでしょうか。「エスノグラフィ」も「しばらく前の流行だよ」…と冷めた目で見ている人も多いかもしれません。
しかし、「マーケティングリサーチと何が違うか?」という発想では、「UX」の持つ意味や価値が分かりにくくなりますので、敢えて「UXの出所」に焦点を移します。
「UX」の原点はドナルド・ノーマン著「誰のためのデザイン」(社会学のすゝめ 第30回でもご紹介)であると言われており、同氏の提唱する「ユーザー中心設計(UCD)」や、APPLE社のマウス開発などで有名なIDEO社の「デザイン思考(design thinking)」などが起点となって、コンピューター・IT業界を中心に活用されてきた手法です。
この「出自が違う」というのが、「UX」と「マーケティングリサーチ」の最大の違いとっても差支えないと考えています。
「UX」はITなどの分野で、作り手・提供側発想でものを作る反省などから活用が進んでいます。
「UX」では「ユーザー・顧客視点」というマーケティングリサーチに非常に近い部分・共通するものを持ちつつも、「UXD」という「製品・サービス開発手法」が存在するところも違いと言えるでしょう。「UXD」では、ワークショップを通じ、「顧客理解」から「プロトタイピング」など製品やサービスの開発へ繋げていきます。今回は取り上げませんが、顧客のストーリーを追った「カスタマージャー二―マップ」など、特徴的なアウトプットも存在します。
そして、「違い」の一例を上げますと、UXDには「アクティング・アウト」などマーケティングリサーチにはない方法が含まれます。
■アクティングアウト

「アクティングアウト」は開発する製品・サービスとの出会いや利用するシーンといった「ストーリーボードを寸劇的に演じる事」であり、「ロールプレイング」と言った方が通じやすいかもしれません。
「大の大人に寸劇をやれ」という話ですから、最初は「こんなことに意味があるのか?」と少々疑問を感じました。しかし実際に演じてみると、、「このきっかけで本当に使ってもらえそうか?」「ここがスムーズではない」など机上では気がつきにくい点に気が付き、抜け落ちた点、フロー上の課題把握などに有効でした。
なお、何事もチームで進めますし、アクティングアウトは、「いい大人同士が演劇をする」という非日常な体験をしますので、良いアイスブレークとなり、チームのムードづくり(チームビルディング)にも有効です。
なお、私は「マッチョなカリスマSE」の役を演じたことがあり、実際の体型とは違うものの【らしい雰囲気】だったそうで、ご好評を頂きました(笑)。(どういう寸劇か…というツッコミの答えは直接お会いした時にでもさせて下さい。)
■UXD全部を実施するのか?

徹底的にユーザー視点(顧客視点)を持ち、製品開発プロセスまで含む、非常に魅力的な「UXD」ですが、全てを通常のビジネスに組み込むのはやや難しいようです。
私が体験させて頂いたものも数日間のワークショップとなっており、その間「通常業務が止まる」わけですから、効率だけで言えば褒められたものではありません。プロトタイピングから、開発決定・実際のローンチまでもスムーズには進みにくいようです。
それに、序盤の工程となる「エスノグラフィー」などにかかるリサーチにかかる時間、手間だけでも相当なものです。
UX先進企業のお話をお聞きしても、「UXD」を「フルに実施した例」はどちらかというと特別なプロジェクトであり、日常業務の全てで「UXD」をフルに実施するのはハードルが高いようです。
とはいえ、「UX」の視点や「UXD」の手法をある程度業務に取り込むのは現実的であり、既に組織的に取り組まれている企業も存在します。UXDを「ある程度省略しているのを理解した上」であれば、部分的なUXDの取り組みでも価値があると思われます。
私も、特定の部分だけにフォーカスし、UXDの手法を活用した調査を実施しています。
■プチUX

更にダウングレードした、非常にシンプルなUXの使い方は、「通常のマーケティングリサーチにUXの視点を活用する方法」です。私の造語ですが「プチUX」と言っても良いかもしれません。
例えば、「仮説作成→調査票作成時」に数名のペルソナ、ストーリーを思い描き、「それらの人の購買理由や購買のきっかけ、満足点・不満点は異なるであろう」という想定で、調査を組み立てて行く方法です。
「同じ製品を買う人でも、購入理由は一つではない」という実に当たり前の話ですが、複数のペルソナで考えると、実にスムーズに考えられますし、シーン毎の各ペルソナの反応の違いもありありと思い描けます。
購入検討の初期段階でいいそうなセリフだけ見てもかなり違いがありそうです。
 「引越しもするしそろそろ買い替えの時期だから、価格.comで満足度の高いものを見てみようか…」
 「壊れたからとにかく今すぐ欲しいの、前と同じメーカーでいいからすぐ届けて!」
 「はじめて買うんだけど、どんな大きさ・機能のを買えばいいのかな?」
このあたり「アクティングアウト」の経験があると、「このペルソナなら何を言いそうか」が想像しやすいかもしれません。
元々、マーケティングリサーチは「顧客視点」を持ち、各種の方法論で顧客にアプローチするものであり、そもそもの部分が「UX的」です。エスノグラフィのリサーチをしないにしても、顧客の背景(プロフィール・過去の保有歴など)は意識しますし、その製品に巡り合うまでのストーリーにフォーカスを当てることもありますし、良い体験・悪い体験など具体的体験を聞き出すこともあります。
ただ、『作業的に過去の調査に基づいて淡々と調査票を作成する』のと、
   『UX的に「顧客のストーリー」を意識して調査項目、選択肢を作成する』のとでは、
   「顧客にどこまで近づけるか?」の部分、深さや幅、リアリティが異なるでしょう。
「UXD」をフルバージョンで実施せずとも、まずは自分以外のユーザー・顧客の視点でマーケティングリサーチを見直し、「UX頭」で捉えなおしてみることを提唱させて頂ければ…と考えています。