株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
定性調査部 シニア・ディレクター インタビュアー 吉田 聖美
先日、日本マーケティングリサーチ協会主催の「ワールド・カフェセミナー」に参加してきた。ワールド・カフェにもともと興味があったことに加え、それをリサーチに活用しようとの提案に魅力を感じての参加であった。
ありがたいことに、5月、6月と実査が立て込んでおり、セミナーに申し込んだことを後悔しそうなスケジュールの中での参加だったのだが、参加してみると思った以上に有益な時間を過ごすことができ、貴重な経験であった。
ちなみにワールド・カフェは
「知識や知恵は、機能的な会議室の中で生まれるのではなく、人々がオープンに会話を行い、自由にネットワークを築くことのできる『カフェ』のような空間でこそ創発される」 という考えに基づいた話し合いの手法である。
「オープンな会話」「知識や知恵の創発」という点はブレストと一緒だが、メンバーの組み合わせを変えながら、4~5人単位の小グループで話し合いを続けるという点に特徴がある。
今回私が体験したワールド・カフェは、同じテーブルになった4名で話をした後、そのテーブルに1名のみを残し、残り3名は各々が別のテーブルに移動、移動先のテーブルで話をする、というものであった。
移動先のテーブルでは、もともとそのテーブルにいた者が先のテーブルで話されていた話題を提供し、それぞれ違うテーブルから移動してきた者も自分がいたテーブルで話されていた話題を提供する、という行動が行われる。
普段行っているグループインタビューの考え方の1つに「インタビューの会場にいる対象者6名は、消費者の代表であり、その後ろには何百人、何千人、何万人の消費者が存在している」という考え方がある(もちろん、その後ろにいる消費者のボリュームは検証が必要であり、たまに代表性があまりないケースもありうる)。
ワールド・カフェでは、移動後のテーブルでの発言はまさに自分がもともと属していたチームを代表する意見となり、グループインタビューで言われている「消費者の代表者」という感覚をよりリアルに実感することができる。目の前にいる人を通して、よりたくさんの人の意見を聞いている感覚を得る、というのはワールド・カフェの大きな特徴だろう。
では、一般的な意見になってしまうのかというと、テーブルの意見とは言いつつ、個人のフィルターを通した上で、自分が伝えたいと思った内容を口頭で伝えているので、画一的な伝書鳩にはなっていないのも面白いところであった。確かめることはできないが、最初同じテーブルにいた人たちがそれぞれの移動先で語った元のテーブルで話されたことの内容は微妙に違っていたのではないかと思っている。
ワールド・カフェの考え方の根底には、本当の発想というのは、他の人の意見という刺激があり、それぞれの人の個性があった上で生まれるものである、という考えがある気がする。
この考えはグループインタビューにも共通することだが、ワールド・カフェの方が、「人は普段の生活の中でバイアスをかけずには生活していない」「全く純粋な自分の意見というのは少ない」という考えを持っているのではないかと思っている。(尚、刺激を受ける対象の属性がグループインタビューほど限定されておらず、環境や属性が異なる人からの刺激を受ける点もワールド・カフェの特徴である)。
まだまとまっていないのだが、私は今、実態はバイアスをかけずに聞きたいが、意識やアイデア出しはバイアスを思いっきりかけていくのもありなのではないか、という気持ちを持っている。グループインタビューの限られた時間の中では、より多くのバイアスがなければ発想が広がらないという可能性もある。
今回のワールド・カフェでは、最初のテーブルから各々が旅立ち別のテーブルに移動した後、最後には最初のテーブルに皆が戻ってくるという流れであり、テーブルに戻ったときには「ただいま」「おかえり」との声が自然と飛び交っていた。自分の居場所に戻ったという感覚からか、最初の話し合いよりも饒舌になり、発言も自由になる傾向が見られた。
前述の「他の人の意見というバイアスがかかってこその発想」と、この「より自由な発言を可能にする自分の居場所という感覚」については、何とかリサーチに転用していくことができないか、と考えている。
新しいことをやるよりも、クライアントが求めることを読み取り、それに着実に答えていく方が好きな私ではあるが、せっかくもらった発想の機会、活かしていきたいと思っている。こんな気持ちになれただけでも、今回受けた刺激は有益であった、と改めて感じている。