株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
定性調査部 シニア・ディレクター インタビュアー 吉田 聖美
先月から社内で定性・モデレーター講習がスタートしている。
その場や定性調査の現場で、後輩モデレーターやリサーチャーから投げかけられる素朴な疑問に改めて考えさせられる機会が多い昨今。自分のモデレーターぶりについても振り返る機会が増えている。
今回は、GI開始前の司会挨拶の内容について考えてみたい。GIを見たことがある方はお分かりかとは思うが、GIが始まる前には、対象者の自己紹介よりも前に司会の自己紹介と趣旨説明が入る。
言わなければいけないことの決まりごとはあるのだが、基本的にはモデレーターのアドリブなので、モデレーターによっても挨拶の口上とそれにかけている時間は異なる。
私が行っている趣旨説明は下記のような感じだ。少し長いが、そのまま記述してみる。

本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。
本日は、座談会ということで皆様のもとにお声がけがいっているかと思います。
座談会ですが、特に決まり事があるような会ではありません。
皆さんの意見を1つにまとめていくような会でもありません。
本日は、○○という共通点がある方にお集まりいただいています。
共通点があるといっても、普段の生活や好みは違うと思います。
この場では、「私は普段こうしている」「私はこう感じた、こういう方が好き」といった個人的な意見をいろいろ聞かせていただきたいと思っています。他の方の話を聞いていて、「そうだな、私も同じ」と思ったときは頷きながら聞いてみてください。
もしかしたら、話の中で「よくわからない、ピンとこない、考えたこともない」と思うこともあるかもしれません。その場合も、口に出して反応していただけると参考になりますし、うれしいです。

この中で、対象者の共通点については、言うことも言わないこともある。
特定の商品を使っていることが共通点の場合は、最初にそれを明かしてしまうとその後、自然な意見が拾えなくなるので明かさない。
これを伝えた方が仲間意識が生まれるだろう、と判断するときは伝えるし、それを言うことで決めつけられたような気分になってしまうのではないかと思うときは伝えない。
例えば・・・私個人で言うと「ワーキングマザー」と一括りにされてしまうことは嫌いだ。
そもそも、「ワーキングファーザー」と言わないのに・・・と言い始めると、ジェンダー的な議論になってしまいそうなので止めておくが、「忙しいワーキングマザー」とか「仕事と家事、育児の両立に大変なワーキングマザー」とか言われてしまうと、違和感がある。
「ワーキングマザー」でも、家事・育児中心に生活し、仕事に重きを置いていない人と、仕事が主体で家事・育児は綱渡りの人とは一緒に語れない。同じように家事・育児中心の人でも、それを謳歌している人と、フラストレーションを感じている人はまた違うだろう。
弊社が今積極的に取り組んでいる「シニア」についてもそう。「ワーキングマザーってこうだよね」「シニアってこうだよね」と決めつけてしまうほど怖いものはないし、失礼なこともないと思っている。
とはいえ、いろんな人がいましたね~というだけのブリーフィングなんて許されないと思っているので、全体的な傾向をつかむこともしなければいけないことも事実。ただ、「括る」ことはリサーチャーやマーケター側の仕事であり、消費者には見せてはいけないことなのではないだろうか。
消費者としての私は、「忙しいワーキングマザー向けの商品」と言われるよりも、「忙しいあなた向けの商品」と言われた方が嬉しい。「ワーキングマザーとしてのあなたの意見を聞いています」と言われるよりも「あなたの意見を聞いています」と言われた方が嬉しい。
人は役割を押し付けられること自分の特性を括られることは求めていない。ただ、共感は得たいという面倒な生き物なんだな、とも思う。
そう考えると、○○という共通点があると知ることで、そういう人だったら自分の気持ちを理解してもらえるかも、という期待が生じるとき(同じペットを飼っている、同じくらいの年齢の子どもがいる、介護をしている、・・・)のみ、共通点を明示した方が良いということなのかもしれない。
尚、この「括ること」「括らないこと」「まとめること」「まとめないこと」とも言い換えられ、報告書作成などにも共通する課題である。
「括る」「まとめる」ことはわかりやすさはアップするが、普遍的な情報が多くなり、面白さは減る気がする。「括る」「まとめる」ことのわかりやすさと「括らない」「まとめない」ことの面白さ、リアルさ。どちらも定性調査に必要な要件と考え、調査に取り組んでいきたい。