株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー

企画部 アシスタント・ディレクター 小林祐児


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銀座に、グラフィックデザインを専門で取り扱うギャラリー、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)というギャラリーがある。先日、このギャラリーである面白い展覧会が催されていた。佐藤雅彦+齋藤達也による「指を置く」展だ。(上図、下ポスター)


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佐藤雅彦氏は、「ドンタコス」や「バザールでござーる」のディレクションやNHK「ピタゴラスイッチ」の監修などでご存じの方も多いだろう。この展覧会で佐藤氏は、プログラマーの齋藤氏、アートディレクションの石川将也氏と協力し、一見プレーンで平坦な印象を与える、幾何学的なグラフィックデザインを展示した。


そのボードには、そのグラフィックの中のある一点(時にはニ点、三点)に実際に鑑賞者が「指を置く」ことで、そこに描かれた物の内部に巻き込んでいくような仕掛けが盛り込まれている。


例えば、一番上にあげたボードを見ていただきたい。
このボードは、図のように指を置いた瞬間、自分の指の先から光が発されているような感覚に陥るように描かれている。また、その下の瓶が描かれているボードでは、瓶の中の赤い三角形の頂点に人差し指を置くことによって、鑑賞者の指が瓶の中で浮遊するボールのブランコの支点になっているような感覚が立ち上がってくる。


図に描かれた物の物理学的な因果関係に自分(の指)が巻き込まれていく奇妙な感覚は、体験してみるととても面白いものだ。シンプルで静的なグラフィックが、指を置いた瞬間に動的な関係性のイメージを生々しく喚起してくる。


グラフィックに限らず、現在、マーケティングにおける「デザイン」の領域と重要性は、ますます広がっている。家電機器の「機能」を中心とした差別化への限界が訪れるにつれ、デザインによる差別化が定石化したこともある。空間や音響を含めた領域でのデザイン設計の思想は、あらゆるところで再度人々の耳目を集めている最中だ。


このデザインの状況と展覧会場を巡りながら思い出されたのは、知覚とデザインに関する「アフォーダンス」の理論だった。
今回は、連載タイトルを裏切り、社会学から少し離れたこの「アフォーダンス」とデザインについて考えてみたい。



■ジェームズ・J・ギブソン


「アフォーダンスaffordance」とは、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンが発明した、動物の知覚に関わる概念である。1904年にオハイオ州に生まれたギブソンは、ゲシュタルト心理学や人間の視覚の研究から出発し、知覚全体についての新しいパラダイムを提唱した業績で、認知心理学以外のフィールドでも広く知られている。


アフォーダンスという耳慣れない言葉は、「与える、提供する」という意味の動詞affordの名詞形からきている。


アフォーダンス理論のオリジナリティの核は、「環境」自体に動物の行為をうながすさまざまな「情報」が存在するという図式にある。これは、通常の私たちの「知覚」の考え方と大きく異なるものだ。そこで、まずは私たちの「普通の」知覚への考え方を整理してみよう。


普段、私たちが普段何気なく依拠している「知覚」の考え方、それをここでは認知の「刺激-情報処理モデル」 と呼んでみよう。


動物は、外界、つまり「環境」からなんらかの刺激を受け、それを「心」のような情報処理システムで加工することで意味化する。ルネ・デカルト以来、多くの感覚理論の基底通音となってきたのもこのモデルでもある。その中心概念は、環境からの刺激を統合し、意味化し、判断し、情報として処理する「中心(こころ)」の働きである。(下、イメージ図)
 

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だが、ギブソンはゲシュタルト心理学の知見から学びつつ視覚についての研究を行っていく中で、こうした考え方を捨て去っていった。アフォーダンス理論は、情報はすでに「環境」の側にあるとする特異な理論である。知覚は環境にある情報を直接手に入れる(ピックアップする)活動であり、脳や心といった情報処理システム内部で間接的に作り出すものではない、とギブソンは説いた。


ギブソンがこうしたことを発想するに至る道筋は長いものだったが、その中に一つ面白い視覚の実験があるので紹介したい。


穴の空いたプラスティック板を下図(a)のように並べ、被験者は、一方の側からその穴を見てみる。

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図のように、これは薄いプラスティック板なので、板と板の間には、なんの物質も存在しない。だが、実際に片方から見ると、(b)のように「面」で埋められたトンネルが見える。この「面」は、一体何なのだろうか。


板と板の間には光を反射するものがなにも無く、従って網膜にはなんの像も結んでいない。にも関わらず、板を並べることによって光の密度にある「異質性」ができると、実際に「面」が知覚されるのだ。ここから導きだされるのは、「視覚は光を必要としない」という極めてラディカルな事態だ。ここでは「刺激」を出発点とした「刺激ー情報処理モデル」では取り扱えない事態が起こっている。



■アフォーダンスとはなにか


こうした視覚研究の延長線上に、ギブソンは「刺激-情報処理モデル」を転換させるアフォーダンスの発想を発展させてきた。
では、アフォーダンスとはなんだろうか。


例えば、ここに一枚のティッシュペーパーがある。


私たちはこれを「やぶる」こともできるし、「たたむ」こともできる。もちろん「鼻をかむ」こともできるし、「机を拭く」こともできる。しかしこれらの行為は、ティッシュペーパーの表面から発される放射光の刺激を網膜が受けて、心が処理していることだろうか(刺激―情報処理モデル)? ギブソンの発想ではそうではない。これらの行為を導く情報は、ティッシュの側に「実在」する、ティッシュペーパーの「アフォーダンス」である。


そしてアフォーダンス理論では、こうした行為者と環境の関係性を、ティッシュペーパーが「たたむことをアフォードしている」と表現する。イスは座ることをアフォードし、大地は立つことをアフォードし、鉛筆は握ることをアフォードしている。


私たちは、無数のアフォーダンスに取り囲まれ、日々の生活を営んでいる。日本におけるギブソン紹介の第一人者である佐々木正人は、こうしたアフォーダンスが「何で無いのか」を簡潔に次の2点にまとめている。


 1.アフォーダンスは「刺激」とは異なる。動物は情報に反応するのではなく、情報を環境に「探索」しピックアップする。
 2.アフォーダンスは知覚者の「印象」や「知識」のような主観的なものではない。


主観でも刺激でもない、環境の側にあってピックアップを待っている情報。こうやって仕事をしている間にも、キーワードは叩くことをアフォードし、受話器は浮かすことをアフォードしている。対象(外界)の側にある、行為者との関係についての情報―アフォーダンスーによって私たちは日常の行為を行っている。



■アフォーダンスは何に活かされてきた/ているか


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アフォーダンス理論が面白いのは、行為者の「行為の可能性」を与えるものを、行為者の「主観」でも「主体」でも「心」でもなく、「モノ」の側に帰属させたことだ。ギブソンの発想は、90年代ごろから日本にも紹介され、一部の熱をもって迎え入れられた。


例えば、ドナルド・ノーマンによる1988年の著作「誰のためのデザイン?認知科学者のためのデザイン原論」は、90年に邦訳がなされたが、産業デザインにおいてアフォーダンスの考えを応用した著作として現在でも広く知られている。


アフォーダンス概念についてはややギブソンの意図よりも柔らかくした仕方で書かれているが、産業デザイン史における「ユーザー中心主義」の流布に大きく貢献した著作であり、一読の価値がある(蛇足だが、Appleでインターフェース設計の仕事をすることになるノーマンがこの本の中でAppleの1ボタンマウスを批判しているのは面白いことだ)。


また、佐々木正人による対談集、「レイアウトの法則―アートとアフォーダンス」もこれまでの芸術史のコンテクストとアフォーダンスを接続せんとする意義深い著作の一つである。



また、もちろんさまざまな産業デザイン、商業デザインの現場で、アフォーダンスは大なり小なり影響を与えていることが多い。筆者はデザイン業務は完全に素人だが、「ギブソン」の名を知らなくとも、その中枢の考え方を胸のどこかで意識した仕事が各所でなされているのかもしれない。


表面的な外見上の操作にとどまらない、そのモノが有する行為を導くような情報、つまりアフォーダンスを設計するようなデザイン思想は、ギブソンの発想から派生させることができるものだ。



■デザインとリサーチ


さて、調査の話に移ろう。
調査における「デザイン」でまず話題になるものといえば、まずは「報告書」のビジュアルについてではないだろうか。


プレゼンテーションソフトの高機能化とモニタの高解像度化によって、ビジュアライゼーションの流れは徐々にリサーチ業界にも浸透してきたが、未だに旧態依然とした「報告書」のデザインから脱していないレポートも散見される。よく言われることだが、調査結果のグラフ一つをとってみても、デザインへの気配りはレポート作成者によって大きく異なってしまう。


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こうやって比較すれば、下のグラフのほうが美しいし見やすいのは一目瞭然である。ただ、実務の場面を思い返してみれば、納期に追われる中で、「たんなる伝え方の問題」「内容は同じだから」と自分に言い訳しつつ、上のようなクオリティで妥協したことは無いだろうか。


だが、アフォーダンスの発想から言えば、上のグラフと下のグラフは、「同じ情報(内容)を、違うやり方で」表現しているのでは「ない」。これは、端的に情報として「違う」ものである。なぜなら、これらのグラフが載った報告書を視覚から取り入れた読者には、おそらく違うリアリティが発生してしまうからだ(片方は理解して頁をめくる、そしてもう片方は眉をひそめて首をひねる…)。


さらに、リサーチにおける環境(モノ)とデザインとしては、次のような例が面白いかもしれない。
インターネット調査における「選択肢のデザイン」についてだ。
  

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周知の通り、90年代後半から広く広まったインターネット調査では、上図のような「チェックボックスタイプ」は複数回答(Multiple Answer)に、下の円タイプは単一回答(Single Answer)に使われるのが一般的だ。いつからこうなったのかは残念ながらわからなかったが、私たちリサーチャーはこのデザインを当然の如く利用している。実際にクリックした時のフィードバックとしては、チェックボックスでは□にレ点がつき、円タイプでは黒丸が円の中に描かれる。


では、この対応関係を逆にしてみたらどうなるだろうか?予想でしかないが、複数回答を円タイプにして調査すると、おなじ質問でも平均回答数が通常より減じるのではないだろうか。特にアンケートに平素から取り囲まれている私たちは、チェックボックスを見ると、複数選びたくなってしまう。


実際に実験はできていないが、ここで見られるデザインと回答行為の関係をアフォーダンス流に表現すると、チェックボックスは複数個の選択クリックをアフォードし、丸タイプは一つだけのクリックをアフォードしていることになる。これはもはや、「単なる見た目」の問題から大きく。



■「ユーザーに優しいデザイン」?


「デザインの思想」というと、多くの人が「ユーザーに優しい」「誰でも使える」といったデザイン志向性のことを想起する人が多い。「ユニバーサルデザイン」の旗印のもとに、現代デザインの志向性は「だれでも、どこでも」が中心になって議論されることが多い。アフォーダンスについても、ノーマンの著作を経て、そのような「ユーザーセントリック」な思想を示すものという誤解を受けがちだ。


だが、その「ユーザーに優しいデザイン」への気付きは、アフォーダンスが実務家に教えてくれることのおそらく半分でしか無い。なぜなら、あえて「優しくないデザイン」を導入することも、アフォーダンスの思想からは導き出せるからだ。


例えば、椅子を例に取ってみよう。これは実際の事例だが、客の回転率を高くしたいファストフード店は、椅子の身体との接地面の硬度を高くして、あまり長い時間座っていられなくする。座面の中央に仕切りの入ったベンチのデザインは身体を横にすることができず、浮浪者や酔っぱらいが寝てしまうことを、行為の可能性のレベルから強制的に排除している。こうした椅子からは「くつろぐ」というアフォーダンスが意図的に排除されているのだ。



■リサーチのリアリティをデザインする


リサーチと「デザイン」の関係は、上に挙げたような「見た目」だけの話に限らないはずだ。質問紙も、会場調査も、グループインタビューも全て環境と人間の行為の関わりからなる営為であり、その全ての面でデザインは関わってくる。掘りごたつ式のグループインタビュールームは、実際にグループダイナミクスを活性化させるのか。


会場調査で渡すバインダーは、プラスティックでいいのだろうか。書くこと、話すこと、回答すること、そうした全ての行為の中で、リサーチが「デザイン」すべきことはまだまだ多く残されているような気がする。



今回は、門外漢ながらに、アフォーダンス理論の紹介とそこからリサーチが学べることを考えてみた。結局、認知心理学者ではない私たちにとって、アフォーダンスの可能性の中心は次のようなことではないだろうか。ギブソンから産業デザイン界が学んできた「形ではなく、アフォーダンスをデザインすること」という発想の上に、「リサーチをデザインするのではなく、リアリティをデザインすること」という発想を重ねていくこと


報告書を読むクライアントの、ネット調査をクリックするマウスの、インタビューに応じる対象者の「リアリティ」そのものをデザインすること。メディア論者マーシャル・マクルーハンの「メディアはメッセージである」という言質は、ここでは「デザインはメッセージである」と形を変えて残響している。



【参照文献】
 「誰のためのデザイン?」D.A.ノーマン
 「アフォーダンスーー新しい認知の理論」佐々木正人
 「レイアウトの法則」佐々木正人
 「生態学的視覚論」ジェームズ・J・ギブソン
 「知覚ワールドの知覚」ジェームズ・J・ギブソン
 「生態学的知覚システム―感性をとらえなおす」ジェームズ・J・ギブソン