株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部 アシスタント・ディレクター 小林祐児

今回のテーマは、「格差」についてである。


2000年ごろから日本社会の格差問題は各所で語られるようになり、一つ落ち着きを見せながらも、長期的トレンドとして注目されている。


しかし、格差とは何で測られるのか、は意外なほど話題にのぼらない。「格差がある」といったとき、それが何を意味しているかは、時に「格差」という強い言葉の影に往々にして埋もれがちである。


だが、下に述べていくように、「格差」を示すきわめて多くの指標と多くのアングルがある。その中のどの立脚点にもとづいているかを明確に示さないことが、格差の議論全体の透明度を下げているように思う。また、政策的議論と結び付けられることが多いため、論者の思惑によってデータの取り上げ方を変えることで印象操作が可能になり、事態をさらに複雑化している。


マーケティング・トレンドとしても、格差の問題が極めて重要なことは論をまたない。しかし、これまで格差の問題は、短期トレンドを追いがちなマーケティング・リサーチの分野であまり顧みられてこなかったように思う。推測の域はでないが、格差の「下」の層にいる消費者が、マーケティング戦略上のターゲットとしてあまり重要視されてこなかったことも影響しているだろう。


今回は、上っ面の抽象論と持論を振り回すための道具に終わりがちな「格差」について、もう一つレイヤーを下げて考えるためのガイドである。「格差」と呼ばれる際の指標をそれぞれとりあげ、「格差社会」を考えていく上での準備作業となれば幸いである。



■■所得格差■■


これが最も取り上げられることの多い格差を示す指標である。


 統計学者コンラッド・ジニ.jpg

そして、多くの場合、所得格差は1936年にイタリアの統計学者コンラッド・ジニによって発明された「ジニ係数」によって測定される。


ジニ係数とは、0から1の範囲の中で、係数の値が0に近いほど格差が少ない状態であることを示し、また1に近いほど格差が大きい状態であることを示す。具体的には、「ジニ係数0」とは、全員が同じ所得を得ており、「ジニ係数1」とは一人が全所得を独占している状態である。「ジニ係数0.5」なら上位25%の人で全所得の75%を占めている状態となる。


ジニ係数の算出には主に、総務省が5年毎におこなう「全国消費実態調査」や1年毎の「家計調査」、厚生省の「所得再分配調査」が使われる。


格差問題で必ずと言ってもいいくらい広く使われているこのジニ係数だが、その取り扱いは、極めて難しいことが知られている。
たとえば、厚生省の「所得配分調査」は、リタイア後に年金を主な収入源とする年収200万円未満の低所得世帯の構成比率が総務省の調査より高く、ジニ係数が高く出る傾向にある。


また基本的に、所得ジニ係数は、年齢があがるほど高くなっていくことが知られている。ということは、人口に占める高齢者の割合が増えれば増えるほど、社会全体の所得格差は広がっていくことになる。そのため、場合によっては、年齢のウェイトを固定し、年齢の人口構成変化の影響を受けなくする、などの操作などが必要になってくることもある。


また、「所得」の定義も調査によって違うため、(しばしばよくされているが)国際比較が難しいのも所得ジニ係数の抱える大きな問題である。



■■資産格差■■


資産格差は、所得格差と並んで格差問題で取り上げられることの多い格差であるが、この2つは似ているようで大きく異なる変数である。


上でもふれたように、所得ジニ係数は、高齢になればなるほど高い。これは会社で出世できる者とできなかった者のキャリアコースとそれに伴う賃金格差を想像すれば納得がいくところだ。だが、この加齢効果は、資産格差になると話が異なってくる。


例えば、働き始めたばかりの20代は、世代内の「所得」のジニ係数が最も小さい世代である。就職直後の初任給には、職業によってあまり差がないため、場合によっては時間給でよく働く非正規社員のほうが正規社員よりも所得が大きい、なんてこともある。


だが、反対に、「資産」に関するジニ係数は20代前後の世代が最も大きくなる傾向にある。それは、本人の貯蓄とは別に「相続」という資産が大きく関わってくるためだ。「相続」による資産増大効果があるため、資産ジニ係数は20代で「相続できる者」と「できない者」の差が大きく開き、年齢を重ねるほどその差をどんどん埋めるような形で、格差が小さくなっていく傾向を示す(ことが多い)。そしてその後、所得ジニ係数が大きくなってくるに従い、60代くらいの高齢者になると、資産ジニ係数も再度大きくなってくるのが一般的である。



■■賃金格差■■


賃金格差という場合、主に、非正規雇用者と正規雇用者との賃金格差が話題になることが多い。特に近年、ニートやフリーターが「問題」として取り上げられることが多くなったため、この指標が持ち出されることが多い。賃金格差についての調査としては、総務省による「就業構造基本調査」、厚生労働省による「賃金構造基本統計調査」がある。


こうした賃金格差の議論には、職業間の職務格差-実際の働き具合の違い-の問題が、複合的に絡みあってくる。


しばしば問題になるのは、「職務格差が無いのにも関わらず、賃金格差があること」だ。同じ仕事をしているのに正社員と非正規社員、または男性と女性では賃金に差がある、といったことが大きく取り上げられる。


逆に、「賃金格差があるが、職務格差もある(楽な仕事には安い賃金、辛い仕事は高い賃金)」のは往々にして是とされることが多い。しかし、長期スパンで見て、「社会全体の賃金格差が固定化され、流動性が低いこと」は悪とされることが多い。このように、賃金格差も、様々なアングルから光を当てることができる指標である。



■■社会階層の開放性■■


上でふれた賃金格差の固定化と大きく関わってくる指標に、社会階層の開放性指標がある。2000年に上梓された佐藤俊樹による『不平等社会日本 さよなら総中流』は、世代間のこの開放性指標を用いて、98年の橘木俊詔『日本の経済格差』と共に、格差社会論ブームの先鞭をつけた著作である。社会学者による10年に1度の「社会階層と社会移動全国調査(略称:SSM調査)」の結果に基づいて、日本が徐々に階層移動しにくい=職業選択の幅が狭い階層社会になっていることを示した。
 

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開放性とは、職業決定において人が「努力すればなんとかなる」、その「なんとかなる」程度を数量化したものである。スタート地点は生まれた親の職業。世代間移動の開放性とは、自分がどの職業につくかが、自分の親とは関係なく決まる程度、のことである。
この開放性は、親が就いていた職業に子が就きやすいかどうかを比率で示す「オッズ比」が国際的にも使われることが多い。その他、「ファイ係数」安田三郎による開放性係数が知られている。



■■意識格差■■


これまでは、量的に・客観的な立場から把握される指標を見てきたが、格差問題の議論圏には、社会成員の主観的な階層意識を評価する、質的な指標も存在する。その中では、内閣府による「国民生活に関する世論調査」における「生活の程度」項目が代表的指標としてあげられるだろう。


これは、「自分の生活の程度が世間一般からみてどうか」を「上」「中の上」「中の中」「中の下」「下」の5段階尺度で尋ねる質問であるが。この階層意識が下のほうに寄ってっている傾向をとりあげて、「下流社会」という造語も流行させたのが三浦展の『下流社会』であった。また、家族リスク化、二極化を論じ、これまた一つのムーブメントを起こした山田昌弘の『希望格差社会』も、さまざまな調査における質的な指標を重視した研究であった。


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■格差は存在するし、存在しない


上にざっとみていったように、一言に「格差」といっても、様々な指標がある。さらに上では触れなかったが、教育格差健康格差なども各種調査によって数量化された指標が存在する。


さらに、これらを、国別、男女別・世代別・地域別など、基礎属性別にわけてみることを想像していただきたい。それだけで、何千、何百といった角度から社会的格差は測定できることがわかるだろう。



■問題は「格差」か「貧困」か――シニア世代の格差問題


例えば、最近話題になるトピックの一つに、「シニアの格差」がある。
シニアの格差が大きくなっている、という言葉はしばしば聞かれるところであるが、それもまた「格差」という言葉の曖昧模糊さによってファジーな議論になっていることが多い。


様々なデータを覗いて、高齢者の所得ジニ係数の経年変化を見ると、現在、日本の70代以上の高齢者で、世代内の格差はやや減少傾向にあるようだ。逆に拡大しているのは、30代前後の若者の中の格差の方である。このあたり、どうも世間で言われている「シニアの格差の増大」とは数字として現れているものとは異なるように見える。だが、上で見たように、ジニ係数の取り扱いは、極めて慎重な取り扱いが要求されるものであるため、断じるためには精査が必要だ。また、ジニ係数は世代が上になるほど高くなるのが一般的なので、高齢者はそもそも所得格差が大きい世代ということも忘れてはならない。


その一方で、人口動態における70代以上の高齢者の割合が増えるにしたがって、生活保護受給世帯に高齢者世帯が趨勢的に増加している。今後ますます少子高齢化が進むに連れて、いわゆる貧困層に高齢者が占める割合は増加し続けることが予想される。こうしたことも踏まえると、どうやら、現在のシニアマーケットで起こっているのは、シニアの「所得格差の増大」ではなく、「シニアの貧困層の増大」として見るべき問題だ。この2つは言葉尻では同じ印象を与えがちだが、現象的には全く異なる状態を言い表している。


このように、格差の量的問題は、どのような指標と調査結果を元に捉えるかを明確にしていくことで、議論の視界をクリアにしていくことができる。


また、シニアの格差を考える上で、忘れられがちなのは、格差についての「質的指標」である。
管見の限りでは、様々な機関で行われている「幸福度調査」では、高齢者になるほど幸福度が低くなっていく様子が観察できる。年金や医療体制への不安感が、他世代と比べた時の幸福度の低さに反映されているのだろうか。


特に、リタイアすることで大きく変わる人間関係への適応などの影響か、「女性高齢者と比べて男性高齢者の幸福度が低い」との性別格差の傾向も各種の調査で広く見られている傾向だ。このあたり、まだまだ研究・調査の余地が残されている分野であり、その幸福度の低さが何に由縁するものなのかは、シニアマーケットの理解のためには実に重要な論点になりうる。


今後、シニアマーケットを「格差」という視点から分析する上では、(1)量的指標、特にジニ係数の慎重な取り扱いに加え、(2)質的指標の充実化が肝要になってくるだろう。様々な公的調査がある量的指標と比べて、質的指標はまだまだ貧弱なのが現状だ。ついおじいちゃん・おばあちゃん扱いで「わかったつもり」になってしまうシニアマーケットにおいて、(2)の質的指標の重要度は増してくると筆者は考えている。



■終わりに


上のように見てきたところで、「格差社会・日本」といった物言いにはほとんど情報量が無いことがわかるだろう。調査結果をみる角度と切り取り方によって、さまざまな印象操作が可能なところに、格差社会論の不透明さと議論の進みにくさがある。


どうやら、高度成長期以降「一億総中流」社会と呼ばれてきた日本にとって、「格差」というワードそのものがショッキングなワードとして捉えられ続けているようだ。一億総中流とは、70年の「国民生活に関する世論調査」で全体の9割が自分を「中流」と回答した、上の整理でいうところの「質的指標」を元にした造語であった。そして、その「総中流の幻想」が「打ち砕かれた」というショック効果は、未だに格差の議論に広く薄く覆いかぶさり、クリアな議論を妨げているような気もしている。


格差は、「不平等感」「不公平感」と直接結びつくとは限らないし、また、「幸福感」とイコールでもない。政策を打ち立てる際には何をどの指標を用いてべきかどうかを明確にしたうえで議論がなされるべきであるし、マーケティングにおいてもそれは同様であろう。


こうした「格差問題」を考える前の、〈格差〉問題への目配りの推奨をもって、今回の社会学のすゝめとしたい。