企画部 アシスタント・ディレクター 小林祐児


各種のインタビュー調査、フィールドワーク、参与観察、文献調査などなど…広義の「質的調査」と言われる多様な手法において、多くの調査者が抱いてきた共通の課題がある。それは、「質的調査の名人芸問題」とでも呼べるような問題だ。



■質的調査の「名人芸」問題


質的調査は、量的調査にくらべ、スキルが属人的で、マニュアル化が難しく、知見の共有が難しい、とされることが多い。このことは、普段何らかの質的調査を行っている方にとっては実感することも多いのではないだろうか。
その「名人芸」性は、大きく2つ、「データの取得」と「データの分析」の2フェーズで主に現れてくる。


【データの取得】 サンプル(インフォーマント)の確保から、モデレーション、観察法、または記録の

とり方まで、適切なデータをどのように取得・収集するか

【データの分析】 そうしてもたらされた記録、フィールドノート、インタビュー発言録などのデータから、

調査課題に対してどのような考察を施し、どのような結論を導き出すか


ツールやモデルで明示的に資産化できる部分が多い量的調査とくらべ(※1)、質的調査では上のようなフェーズにおいて、それぞれ共有ナレッジとして組織的に蓄積することが困難な性質をもっている。


その属人性、名人芸性という課題を克服する試みとして今回紹介するのが、グラウンデッド・セオリー・アプローチGrounded Theory Approach – GTA」という分析手法である。今回のエントリは、特にマーケティング・リサーチの質的調査の上述の問題に対して、このGTAが何らかのヒントを与えてくれることを期待するものである。



■Grounded Theory Approachとはなにか


GTA、日本語ではグラウンデッド・セオリー・アプローチとそのまま表記することが多い。看護・医療などの臨床医学系の分野では一定の普及を見せている質的調査の分析手法であるが、マーケティング・リサーチの分野ではあまり使われていないし、ほとんど知られていないのが現状である(Web分析の分野では一部で試みられているようだ)(※2)。ちなみに、戈木(2006)によると、2000年から2005年の5年間で、質的調査を行った看護系論文の9.3%でGTAが用いられている。

データ対話型理論.jpg

発案は1960年台、米社会学者のバーニー・グレイザーアンセルム・ストラウスによってなされた(上の画像は二人が最初に紹介した著書 "The Discovery of Grounded Theory"の邦訳。ここでは「データ対話型理論」と訳されている)。


60年代当時のアメリカでは、社会システム理論の大家タルコット・パーソンズを中心として、理論社会学の「グランド・セオリーGrand Theory」が一大潮流として隆盛を極めていた。あらゆる社会的現象に適用することのできる社会の一般理論=グランド・セオリー、その抽象的かつ多分に思弁的な理論の「検証」に関心を傾けていた当時のアメリカ社会学に対して、グレイザー=ストラウスは、より現場に近いところから理論を「産出」することが重要と考え、「質的データからリジットな理論を構築する」ことを目指してGTAを提唱した。



■GTAの方法論


仮想の比較対象と分析結果を比較する「理論的比較」の方法論や、得られた結果を活かしながら再度サンプリングを行う「理論的サンプリング」など、GTAが重視する調査作業上の特徴は多くある。
しかし、マーケティング・リサーチに応用を考えるとすれば、おそらくその最大の特徴は質的データ分析際の「コーディング」を定式化したことにある。


そこで今回は、上で述べた質的調査の2フェーズのうちの後者、「データの分析」の側におけるGTAの分析の作業の流れをみていこう。(下図)(※3)


 GTAコーディングの流れ.jpg


上の図の流れに従って、説明していく。
まず、分析作業の前段階として、
【1.文章化・データ化・読み込み】
インタビューや観察から得られた結果を、文字起こしした発言録、収集したテキストなど、文章化されたデータとして用意する。
ここで一旦全体の文章の読み込み作業は行っておく。
【2.スライシング】/切片化
次の、その採集した文章を、バラバラに切り刻む。
ここでは、上で理解愛した文脈を捨象し、客観的な視点から行うのが特徴的である。


【3.オープン・コーディング】 Open coding
スライシングした後の文章の、各部分のみを読み(ここでも文脈は考えから一旦捨てる)、内容を適切に表現する簡潔な〈ラベル〉をつける。
次に、似たラベル同士を集めてまとめあげ、ラベルの上位概念となる〈カテゴリー〉名をつけていく。


【4.アクシャル・コーディング】 Axial coding/軸足コーディング
オープン・コーディングでつけた〈カテゴリー〉と複数の〈サブカテゴリー〉を関連づけて、ある説明したい社会現象を表現していく。
サブカテゴリーとは現象について、いつ、どこで、どんなふうに、なぜなどの5W1Hを説明するものである。


【5.セレクティブ・コーディング】 Selective coding
アクシャル・コーディングでつくった現象を集め、カテゴリー同士を関係づけ、現象の構造とプロセスを把握する(カテゴリー同士の樹形図のようなものを想像してもらえばいい。)そして、そうしてあきらかになった現象同士をとりまとめ、対象となった社会現象全体を説明する〈理論〉になる。


ラベルとカテゴリー付けの具体例としては、次のものを挙げておこう。



【ラベルとカテゴリー付けの参考例】(戈木2006, 76の図から作成)

 

GTA具体例.jpg


GTAの作業は、データからラベル、ラベルからカテゴリー、そしてカテゴリーを組み合わせた理論、と徐々に抽象度をあげていく。(ちなみにこうした作業をサポートするものとして、「ATLAS.ti」、「NVIVO」、「MAXQDA」、などの質的研究用ソフトウェアも存在する。ご関心ある方は検索してみればすぐに公式ページがヒットするのでご参照いただきたい。)


ざっとした説明になってしまったが、GTAは主に上のような流れでコーディング作業を進めていき(線的に進んでいくというよりも、それぞれの作業段階を行ったり来たりする)時にはそうしてアウトプットした理論をもって再度サンプリングを行い、上のような作業を繰り返していく。そして、最終的に目指されるのは、これ以上のカテゴリーの発見もなく、カテゴリー間関係の発見もなく、新たな情報の発見もないという「理論的飽和」の状態とされる。




■透明化された名人芸―マーケティング・リサーチへのGTAの応用にむけて


マーケティング・リサーチにおいては、上の「理論的飽和」状態まで達するまでのサンプリングの繰り返しについては適用が難しいかもしれない。しかし、「名人芸」が健在であるマーケティング・リサーチの質的調査においても、GTAは一つの可能性を感じさせるものだ。とくに、近年のソーシャル・リスニング分析の時流にのって、「文章化されたデータ」自体はそれこそ大量(ビッグに)存在する(※4)


もちろん、GTAを自家薬籠中の物とするには、筆者には想像もできないほどの多くの訓練の積み重ねを要するだろう。また、GTAを使えば、違う人がやっても同じアウトプットがでるわけでもない。ストラウスらは、「有用なデータ対話型を産み出すために〈天才〉など必要ない(Glaser BG, Strauss A, 1967=1996, 14)」と言うが、その意味で、GTAを駆使した分析ができること自体も「名人芸」ではある。


しかし、「透明化された名人芸」と、「不透明な名人芸」という違いを侮ってならない。
それはたとえるなら、「目の前の円の面積を求めなさい」との問いに悩む子どもに対して、「とにかく3.14を使いなさい」と指示するのと、「円周率の近似値としての3.14をかけなさい」と指示するのとで、全く意味合いが異なってくることと同じである。「目の前の円」に対しては同じ答えが導かれるだろう。しかしその違いは、「次の円」、また「その次の円」に出会った時の子どもの成績に現れてくるはずだ。


「GTAによる分析」と聞くだけで一定の定式化された(そしてある程度トレーニングされた)分析手法を用いたことへの共通理解が担保されるのであれば、それは質的調査の共有資産化・ナレッジ化には大きく資するはずだ。その意味でも、GTA自体が同じ言葉で様々に定式化されてしまっているのは門外漢としても非常に残念なことであるし今後の大きな課題として残されている(※3)


社会調査とマーケティング・リサーチは、ほとんど似たようなことをしている場合が多いにも関わらず、内的コミュニケーションとしては一種の断絶状態にある。また、その断絶は、マーケティング側のロジックがコストとスピードが独自の論理で追い求めていく中で、拡大していっているようだ。その間隙をつなぐ架け橋一つのとしてのGTAの紹介を持って、今回の社会学のすゝめとしたい。



【主な参考文献】
バーニー・G. グレイザー、アンセルム・L. ストラウス, 1967=1996 『データ対話型理論の発見―調査からいかに理論をうみだすか』 新曜社 
戈木クレイグ・ヒル滋子, 2006 『ワードマップ グラウンデッド・セオリー・アプローチ』 新曜社 


【脚注】
※1 しかしそれは量的調査のスキル獲得が易しいとか簡単という意味ではない。そこでは各スキルの結節点、目標が質的調査とくらべ明示されやすいという意味である。
※2 GTAの他に質的分析の定式化の試みとしては、SCAT(Steps for Coding and Theorization)が比較的知られている。
※3 GTAは、発想された当初からグレイザーとストラウスの間で手法についての意見が異なっていた。日本では、木下によるM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)も生まれている。ここでは各バージョンを比較検討するのが目的ではないため、主にストラウス流の方法論を標準的・一般的なものとみなして説明する。例えば後述の「データのスライシング/切片化」のプロセスは木下版GTAには存在しない。
※4 現状のオープンなソーシャル・リスニング分析では、主にブログ、SNS上の大量の文章、言葉、つぶやきを集めテキストマイニングツールを用いるのが一般的だが、頻出単語の機械的なランキングや係り受け分析だけでは、量的な把握はできても質的な知見の理論化はなかなか難しい。ここへのGTAのコーディングの応用はチャレンジングだが新たな展開を期待させるものがある。