株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー

企画部 ディレクター 牛堂雅文

●フィリップ・コトラー氏の講演


「フィリップ・コトラー」…彼のことはマーケティングに携わる多くの方がご存じではないでしょうか。6/17(月)に10年ぶりと言われる「フィリップ・コトラー氏」の来日講演に参加することができました。82歳という年齢を一切感じさせないエネルギーを感じさせるプレゼンテーションで、講演中ずっと立ってお話されていたのも印象的でした。


その講演や、パネルディスカッションのキーワードの一つに「イノベーション」がありました。低迷する日本に必要とされるものの一つに「イノベーション」があり、それはビジネスモデルなど、プロダクト以外も含めて考えるべきだ…といった言及がありました。


「イノベーション」という言葉は大変魅力的な響きを含んでいますが、企業の新規事業はそうそううまく行くものではなく、成功率は10%と言われることもあります。


私自身も複数の新規事業で顧客ニーズを把握する調査に携わらせて頂いたり、自社の新規サービス立ち上げに関わった経験があります。もちろん、それはビジネスモデルを含めてのものとなります。


必ずしも全てが順調に進んだわけでもなく、そこで得た教訓などを元に今回は【新規事業に関するリサーチ】について述べたいと思います。



●新規事業とリサーチ


まず、新規事業のアイディアは、多少の問題点はあっても「そう悪い物でないことが多い」と感じています。そもそも社内の承認を通過してGoサインが出ていますので、ビジネスマンの感覚から見て、多少変ってはいても「話にならないレベル」であることは稀です。


ベーシックな「デスクリサーチ」として、人口動態、市場規模や、過去の類似事例、競合となりうるサービス、規制や障壁などが調べられ、そこも大体はクリアーしています。


想定ターゲット層に対する調査結果をみても、きちんとした説明や利用シーンの提示をすれば、そこそこの評価は得られ、改善すれば何とかなりそうな手ごたえを感じることが多くなっています。


しかし、実際には新規事業の多くは順調には進みませんし、頓挫することも多くなっています。それはなぜでしょうか?


もちろん、我々からはうかがい知れない社内事情や、開発の遅延もあると思いますが、リサーチの視点で気にすべき点について述べたいと思います。



●新規事業のリサーチ


ここでは2007年ごろに世間の注目を浴び、その後急減速したLinden Lab社の「セカンドライフ」に着目し、当時に戻ってマーケティングリサーチするとしたら…という仮想で話を進めます。


念のため「セカンドライフ」についてご説明させてください。


◆「セカンドライフ」とは…インターネット上に構築された仮想3D空間であり、アバターという3Dのキャラクターを使ってその世界でコミュニケーションしたり、自分の作った仮想空間上のものの売買もできるサービスです。
3D表示のため当時のPCのスペックで使うには機能が重く、それが失敗要因の一つと言われており、現在もサービス自体は稼働中ながら日本では失敗事例と位置付けられています。



【1】基本的なニーズの有無の確認


「ネット上の自由な世界で交流したいか?」
こういった基本的な部分の質問に対しては大抵「YES」と回答され、通常ここはクリアーしていることでしょう。
とはいえ、このような基本的な確認をしないと後で間違いなく痛い目を見、致命傷になりますので、どれだけ面倒でも基本ニーズの確認を行ってください。セカンドライフの例では、誰も「ネット上の世界での交流」に魅力を感じなければ、何を改良しても話になりません。



【2】商品・サービスの対象層の設定


この設定が意外と要注意です。セカンドライフを例にとると…ターゲットは
 「ITオタクで高スペックPCを持っている人」
 「IT・Webの新しいものに関心のある人」
 「若い男性」

…あたりとなりそうです。ここは一見正しく見えますし、調査をしてもこの想定ターゲットでの評価は高いことでしょう。しかし、うまく行った新製品であっても、実際に使い始めると少し当初思っていたターゲットとユーザーがずれることがあるのは経験上納得のいく点ではないでしょうか。 


「ずれることがありうる」と考え対象を少し広めに設定する、あるいは次のステップもあわせて検討し、【1】の「基本的ニーズ」を有する範疇でターゲットを変更することも検討してください。


実際にアバターを用いたコミュニティは「セカンドライフ」とは全く異なるターゲット・世界観の「アメーバピグ」を初めいくつかの成功例があります。メインとなるユーザーは「たわいもないことをお喋りしたい女性」だったのが実に象徴的であり、「ハイスペックPCを持ったITオタクの男性」とは程遠い存在でした。



【3】サービス・商品特徴(世界観、デザイン、ユーザーインターフェイスなど・・)


そして、より具体的な「サービス・商品特徴」の世界に入っていきます。
セカンドライフでいうと、3Dポリゴンのアバターを使って、仮想の3Dの街を自由に移動して楽しみ、アバターは少し慣れる必要があるもののその世界で自由に動かせる、自分で作った服やモノ、建物などを売買することも可能…といった部分です。


普通の発想で行くと「この世界観を理解してもらうには、ちゃんと3Dの街、3Dのアバターを作り、体感してもらわなければならないだろう」…と考えます。実はここに大きな問題が潜んでいます。


大抵のケースで、多くの人員や、費用をかけて実に立派なプロトタイプ(試作品)を作成してしまいます。あるいはプロトタイプにコストはかかっていなくても、早目に大きなプロジェクトチームを結成してしまったりして、引き返しにくい状況を作ってしまっています。


3Dポリゴンが3Dの街をグイグイ動くプロトタイプを作った時点で、もう引き返せない状態、あるいは引き返したくない気持ちになっているはずです。プログラマーなど開発チームや、サーバーのレンタルコストが既に存在しているわけです。


このコストや人員、労力により、ギャンブラー心理やプロスペクト理論で言えば、かけた費用に対する執着が強くなり、冷静な判断力を奪ってしまいます。



さて、ここで冷静になると、そもそもプロトタイプでキャラクターは動かなくて良いかもしれません。「イラスト」や「コマ漫画」でイメージしてもらうだけでも大まかな意見は聞けます。それに、動くとしても、パラパラ漫画のやり方など「簡易アニメーション」としてしまう手もあります。どうせ3Dなら人形を作って実演し、人形劇風にイメージを見せる手もあります。


開発のパワーをむしろ【別の案の作成】に回し、「かわいいキャラクターのアバターで2Dの街や部屋を楽しむ世界(アメーバピグ風)」「いっそのことキャラクターは気分次第で選ぶスタンプで良い(LINE風)」などの別の案もあれば、どうだったでしょうか。


海外の事例で恐縮ですが、アードバーク(Aardvark)社は順次6つの方向性の異なるプロトタイプを作り、何度も確認を行い6番目のものが成功をおさめたそうです。


大きく異なる世界観・デザインを複数作ることは、一人の人間には難しいので周囲の意見・協力が必要になると思われますが、「ここで勝敗は決する」と言ってもいいほどの大きな分岐点となります。


この時点で大きな方向性を判断できると、取り返しのつかない失敗を防げます。



【4】検証作業を何度も回す


さて、大きな方向性が決まったらあとはひたすらプロトタイプを開発…となりそうですが、ここにも危険が潜んでいます。仮に「2Dの世界観で行く」と方向性が決まっても、デザインが少しこうじゃない、実際に動かすと違和感がある、他のアバターとのコミュニケーションのきっかけがつかめない…など、細かな問題が潜んでいます。


そこで、ある程度体験できるものを作り、その都度ユーザーでの検証をしていきます。
機密の問題もあるのでオープンな実験はしにくいかもしれませんが、実際にユーザー候補に使ってもらい、何度もフィードバックしてもらうのが理想形です。


「Web2.0」という言葉・概念が注目された時に、「いつまでもβ(ベータ)版」という言葉があり、いつまでも「完成版」という発想がなく改善を続けていく考え方がありましたが、その感覚といっても良いかもしれません。


このサイクルを何度も回し、改善のループを回していきます。この時に全員の意見を細かく拾いすぎるとスピードが落ちたり、余計な機能満載となってしまうことがありますので、取捨選択は必要となります。


●検証サイクルとリサーチ


従来型のリサーチの最大の問題点は、何度も対象者を呼べばリクルートのコストと時間がかかってしまい、検証のサイクルを何度も回しにくいことにあります。グループインタビューや会場テストでは、プロトタイプができたとしても、「じゃあ三日後に検証に来てほしい」というわけにもいきません。


そこで、新しい手法や方法論の工夫などによって検証を回しやすくします
例えば「MROC」であれば、半年間、一年間といった長期間、調査を前提としたコミュニティを作れますので、細かく意見を聞くこともできます。最初からそういったことがあるという前提があれば短期間で会場にお越しいただくことも、比較的しやすくなります。


もちろん、謝礼はかかりますし、ある程度のサンプル数を集めた時点で決してスモールスタートとは言いにくい額が発生してしまいます。ただ、何度も何度も意見を聞くサイクルを回すことを考えると、決してコスト効率の悪い方法ではないと思われます。


また、別の方法として、少しづつ改善しつつWebの定量調査を4回ほど繰り返したこともあります。これも改善サイクルを早く回すのに貢献できました。このように手法によっては、ある程度早いサイクルで検証を進めることも可能です。


そして、究極は身近な人で「ユーザーに近い方」を確保する手もあります。ただ、さすがに当事者の開発スタッフでは自社サービス・製品への愛情や、裏事情を知りすぎているゆえに「評価がゆがむ」と思われますので避けた方が無難でしょう。



●最後に


現在成功しているすべての新規事業、イノベーションが100%このプロセス通りにリサーチで検証を実践しているとは考えていません。しかし、少なくともFacebookのようなWebサービスではアップデートのお知らせがよく届き、細かく確認、修正が行われているのは体感できます。


いくらでも小さく失敗する…言い方を変えると、小さな成功を積み重ねることで、大きな成功へつなげるアプローチ。我々の多くが今までのビジネスで経験してきた緻密なプランニングとはいささか異なるマネジメントとなりますが、一つの方法論として新規事業を進める上でのご参考となれば幸いです。