株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー

企画部 ディレクター 牛堂雅文

「エスノグラフィー」といわれる、消費者の生活空間に飛び込む観察調査が数年前に注目されたことは、まだご記憶に残っているのではないでしょうか。

「行動観察調査」というのか、「エスノグラフィー」というのか定義はともかく、現場を観察することは消費者理解の原点です。

かつて自動車会社の方から「三現主義」という考え方をお聞きしたことがあります。
「現場、現物、現実」を重視するという発想であり、その方は氷点下の環境、砂埃まみれの環境、高温多湿の環境、そういった使用現場の把握を重視されていました。現場を重視する「行動観察調査」と共通するものを感じます。

今回はこの「行動観察調査」に焦点を当てたいと思います。


●行動観察調査の意義・価値



ここが社内説得等で最も難しい部分ではないでしょうか。クライアント様の状況をお聞きしていますと、通常の定量調査、定性調査では新たな発見が難しくなってきており、そのブレークスルーであったり、未充足ニーズの発見などに用いられるケースが多いように感じます。

また、グローバル化の進展により、「海外の消費者の肌感覚での理解」に用いられることもあるようです。こちらの方がよりエスノグラフィーの原点に近いのではないでしょうか。

しかし、いずれにしても「やってみないと何が発見できるかわからない」というのが行動観察調査のネックであり、グラフなどのアウトプットイメージも出せませんし、最初の社内説得こそが大きな難関ではないかと考えています。

ただ、実施してみると、想定外の使い方をされるシーン、バックグラウンドのより深い理解、仮説と全く違うシーンなどが続出し、開発に深くかかわっている方ほど発見が多く、私の経験上発見が全くないことや、期待外れだったことは一度もありません。
まさに「百聞は一見にしかず」を痛感します。


●発見の事例



ある携帯アプリの行動観察調査では、画面上ですべて完結できるアプリにも関わらず、印刷物を適宜確認しながらユーザーが利用しているシーンが見られたり、慣れているにもかかわらず操作ミスをするシーンなどが観察でき、問題点の把握に大きく役立ったケースもあります。まさにアクセスログなどの定量データだけでは見えてこない部分といえます。

ある高額商品のユーザー調査では、「赤色の派手な商品」を買われた方のご自宅にあるインテリア、自転車、服などに赤い色のものが多く、「赤い派手な商品を買った背景」が感覚的に理解できたケースもあります。

ある業務用商材では、現場で使う「溶剤のニオイ/汚れ」がひどく、メーカー側が設定したオプション装備では全く防げないケースが見つかったこともあります。

このような改善点、未充足ニーズの把握、ユーザーペルソナの把握には行動観察調査が大いに役立ちます。そして、それは大体事前に想定できないため、「やってみないとわからない」というネックの解消が難しい要因でもあります。


●行動観察調査の設計



本来は長期密着・多くのサンプル数が理想的ですが、マーケティング・リサーチではどうしてもコストやスケジュールの制約があります。ご自宅などの現場を1~2回訪問し、不足している部分は事前の「日記調査」や「グループインタビュー・デプスインタビュー等」で補う方法が主流ではないかと思います。

観察する対象者数も訪問という手間・時間との兼ね合いもあり、あまり多くできませんので、1セグメント3~5名で、トータル10名前後というケースが多いようです。

次に「誰の行動を見るか?」というターゲットも吟味する必要があります。ただ、ここは課題によるところも大きく、「エクストリームユーザー」といわれる「とんがったユーザー」を見るケースもあれば、実に普通の「典型的ユーザー」を見ることもあります。

そして、現実的には「リクルート可能な人」となるケースもあります。
あまりに低出現率のものについては、年齢などプロフィールに贅沢は言えず、いつ実施するかも「リクルート状況次第」というケースもあります。

やや話はそれますが、知り合いのBtoB商材メーカーの方の「オフィスでの利用実態が見たい」との要請で、私自身が社内のあるものの案内をしたことがあり、エスノグラフィーの対象になったこともあります。(BtoB商材の場合、オフィスのセキュリティエリアの問題があるので、そこに苦労しましたが。)


●行動観察調査のジレンマ



基本的に「行動観察調査」は実に得るものの多い意義ある調査ですが、問題点もあります。観察に出向くコスト・手間・時間は当然ながら、それより大きい問題は「観察できるのは氷山の一角にすぎない」ということです。

ある特定の「季節・時間・場所のピンポイントの観察」であることはもちろん。
さらに、観察に行く日には家がきれいに整理されていたり、
対象者が緊張していつもと違う行動をしてしまったり、
むしろサービス精神旺盛になったり、
異質な観察者の出現で他の家族やペットがいつもと違う行動をするなど、

「日常を再現することの難しさ」があります。


そう、「観察すること自体が刺激・バイアスになってしまう」というジレンマがそこにはあります。「空気になったつもりで観察しろ」とよく言われますし、そういった努力も必要です。

ただ、本質的に「観察調査」は、「日常の完全再現でなくても、氷山の一角であっても、意義・発見がある」というのが、これまでの経験からの実感です。やはり、「見ると見ないのでは大違い」です。


●共有・共感



そして、最後に立ちはだかる最大の課題が、調査結果の「関係者との共有・共感」ではないでしょうか。

現場に行った人間は、実に多くの情報量を有し、発見についても肌で理解しています。しかし、現場に行ける人数には制限がありますし、訪問の時間もそれほどさけないため、「実際には現場を見られない、見てもごく一部」という状態になります。

そして、「後で報告書だけで見ても、ピンとこない」というのがこの手法の恐ろしい部分です。現場に行った方とそうでない方の温度差たるや相当なものです。

そこで、事後に情報共有の会を実施したり、ワークショップを通じて現場での発見を社内に広めていくプロセスが必要となります。逆に言えば、このように社内を動かすことが無理そうであれば、「まだ行動観察調査をすべきではない」とも言えます。

先日、EPICというエスノグラフィーの国際的な学会参加者の方のお話をお聞きしたのですが、「調査結果の共有・共感」の部分の工夫が話題になっていたようです。

日本よりこういった調査が盛んといわれるアメリカですらそのような問題を抱えているわけですから、我々が「調査結果の共有・共感」を無視していいはずがありません。

実に手間・暇・コストのかかる行動観察調査ではありますが、最終的に発見を生かす部分まで見据え全体像をお考え頂けますと、実に得るものの多い調査になると確信しています。