株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
企画部  小林祐児(コバヤシ ユウジ)

調査における「経験から理論へ」というスローガンははたして本当か??



前回のエントリでは、デュルケーム『自殺論』を素材としながら、このことについて考えを巡らせてみた。
経験的データを集め一般的な理論を構築する――この〈経験的一般化〉というベーシックなプロセスには、実はその中にある「経験(データ)」と、「理論」との間に、埋めがたい溝が口を開けているのではないか、というのがテーマだった。


そこでの要旨を簡潔に振り返れば次のようになる。


事実を観察・測定する「調査/リサーチ」という営為において肝要なのは、実は「観察・測定されないもの」なのではないか?


伝統的な手法・考え方からの脱皮を求められている競争的なリサーチ環境のなかで、調査会社が発揮できる/発揮すべき価値は、そのあたりにあるのではないか。そしてそれこそが、「経験から理論へ」の双極、〈経験〉と〈理論〉を埋めるためのミッシング・リンクなのではないか(※1)


今回は、そのことをもう少し踏み込んで考えるべく、第二次世界大戦中の代表的な調査、"American Soldier"(『アメリカ兵』)を取り上げる。



■大規模軍隊調査 "American Soldier"


American Soldier.jpg

上に、やたら古めかしい画像を掲げたが、上の資料が、自国兵士について、アメリカ合衆国軍・情報教育省研究部門が行ったプロジェクト、「第二次世界大戦における社会心理学研究」の成果である。これは、大規模で現代的な態度調査として、調査史上のエポックメイキングなものとしても知られている。


どちらかと言うと社会心理学の範疇に入る業績であるが、アメリカの機能主義的社会学者、ロバート・K・マートンが取り上げたことで、社会学界でも重要な共有財産となった。(ただし、大部の4分冊なことも手伝ってか、いまだに邦訳はなされていない)


ここで取り上げたいのは、その"American Soldier"の中でも、【入隊時の召集への意欲】を測る設問である。



■データ――召集への意欲


下の図は、軍隊に入ったとき、「自発的に召集に応じた(volunteered)」もしくは、「自分は徴兵を猶予されるべきとは考えなかったshould not have been deferred」と回答したポイントを、【未既婚】、【学歴】、【年齢】別に集計したクロス表である。


回答者となる兵士が【数値が高いほど、軍の召集に対して積極的に応じ】【数値が低いほど消極的】であることが示されている。さっそく、その結果を見てほしい。


クロス表1つめ.jpg

これは、普段クロス表を見慣れている方でも、おそらく滅多に見たことがない性格のデータではないだろうか。なかなか実務ではお目にかかれないほど「キレイ」な結果を示すクロス表である。こんなクロス表を納品すると、クライアントには逆に調査手法を怪しまれ、無用な冷や汗をかく可能性すらある。


さらにわかりやすいように、不等号で補ってみよう。


クロス表2つめ.jpg

この表で着目して欲しい点は、次の3点である。


 Ⅰ. 【未婚者】のほうが既婚者よりも、召集への意欲が高い
 Ⅱ. 【学歴が高い】ほうが召集への意欲が高い
 Ⅲ. 【若年層】のほうが、歳を重ねたものよりも、召集への意欲が高い



■問題――このデータ特性の要因は?


さてここで、読者の方々にも少しマウスの手を止めて、考えてみてもらいたい。


上のような特徴の原因として、何が考えられるだろうか?
これら3つの特徴について、一貫した説明はできないだろうか?


当時の情報がないので難しいかもしれないが、少し考えてみて欲しい。著作者のスタウファーらも、同様にデータを前に考え込んだはずである。ここで、スタウファーらの答えを呈示剃る前に、(一昔前の)ブログ作法にならい、長めの改行を設けることにする――――










■スタウファーらの答え――〈相対的剥奪〉


こうしたある意味で「奇妙な」調査結果を得たスタウファーらが、その説明概念として編み出したのは、〈相対的剥奪 relative deprivation〉と呼ばれる概念であった(※2)。これはつまり、その人が召集によって感じる不満感・剥奪感の大きさは、その人が自分の状況を「誰と比べたか」に大きく左右されるということである。


これに基づいて上の特徴を説明する下準備として、次のように上記特徴の文章をひっくり返してみたい。ただし、それぞれ示している内容はまったく同じである。

特徴ⅠⅡⅢ.jpg

これを元に、〈相対的剥奪〉の考え方を用いながら、【ⅠⅡⅢ】を説明してみよう。



■〈相対的剥奪〉による説明


Ⅰ. 【既婚者】のほうが未婚者よりも、召集への意欲が低い


既婚者は、同じ軍隊内の未婚の同僚らと自分を比べ、家族を捨てて戦地へやってきた自分のほうが彼らよりも召集によって強いられた犠牲が大きい、と感じる傾向が強い。また、まだ召集されていない既婚の知人と自分を比べて、なぜ自分だけ召集されたのか、と不満感を強くする傾向にある。


兵士図(1).jpg

Ⅱ. 【高年層】のほうが、若年層よりも、召集への意欲が低い


高年齢層は、一般的に、若年層と比べ、家族がいたり、仕事があったり、召集によって失ったものが大きい傾向にある。
また、高齢になると何がしかの健康問題を抱える傾向が若い人よりも高くなる。そうした問題によって召集されなかった高齢の一般人の存在は、召集された側の高齢の兵士にとって、不満を募らせるタネになる。


兵士図(2).jpg


Ⅲ. 【学歴が低い】ほうが召集への意欲が低い


当時、ハイスクールの卒業生や大学生といって高学歴の男性は一般的に、「召集されて当然」の兵士候補者であった(これには戦時の社会状況が色濃く反映されている)。
一方、ハイスクールをでていないにも関わらず召集された兵士は、自分の周りに多数の「召集されていない知人」が存在する。彼らと比べて、なぜ自分は犠牲を払わなければならないのか。召集された彼らが奪われたのが「青春」と呼ばれるようなものかどうかはわからないが、その「奪われた」感覚は、学歴の低い一般人と比べた時に初めて起こる感覚である。



兵士図(3).jpg


そもそも、多くの市民にとって、兵士になる(徴兵される)ということは、それだけできわめて大きな剥奪を意味する。しかしそのとき、「自分の方が〈より多く〉犠牲になっている」という感覚は、彼らの周囲にいる〈比較の対象〉に依存して、「相対的に」大きかったり小さかったりするのである。



これが、先ほどのデータを見て、スタウファーらが考えたことだった。クロス表でみたような幾つかのデータ傾向を貫く説明の中心に、〈相対的剥奪〉という概念をすえて読んだところに、彼らの業績の心髄がある。一見バラバラな特徴を持つデータに対して、「一貫した説明」を可能にする概念を創りだしたこと。そのことによって、この"American Soldier"は、調査史上に名を残す業績としていまだに語り継がれることになったのである(※3)




■社会への想像力、リサーチの創造力


さて、本題に戻ろう。


単なるデータサプライヤーとしてではなく、分析力で勝負せよ、としばしば小言のように言われるリサーチ業界の中で、じゃあその「分析力」とは具体的に何なんだ、とお思いの方は多いだろう。前回の『自殺論』、今回の"American Soldier"は、その「分析力」によって社会学史に名を残した例として挙げた。


分析力といっても、そこでは、複雑な統計処理も、大量のビックデータも、名人芸的なフィールドワークも無い。
中心にあるのは、データを読む時の「切り口」となる概念である。しかも、その「中心」は、データの「外」からやってきていた。


データの外にあるがゆえ、それそのものは観測されない「切り口」は、仮説的なものにとどまらざるをえないが、それでもデータだけでは持ち得ない「説明力」と「一般性」と「応用力」を持っている。それは、発見というよりも「発明」と呼ぶほうが座りがよい。


日々大量のデータに接していると、つい〈外〉に出ていくことを忘れがちになる。だが、クロス表にかじりつき数字を睨みつけるだけでは、スタウファーのような「発明」を調査にもたらすことはできない。そのためには、データの〈外〉を眺める視野の広さと深度と、データから離れてみる勇気が必要になる。


偉大な先達たちのような大掛かりな大発見ではなく、日々のデータに対して、〈小さな発明〉を繰り返すこと。
リサーチャーに求められているのは、〈目の前のデータの「外」へと広がっていく想像力〉であり、それはつまり〈発明の創造力〉であるような気がしている。



【注】
※1 むろん、この問題には、そもそも「理論とは何か」という重大な問題が密接に関わっているが、その考察は筆者の能力を超える広大な問題圏が広がっているため、ここでは触れるのを避ける。
※2 "relative deprivation"は当初、マートンの著作の邦訳(Merton1949=1961)において「相対的不満」と訳されて紹介されたが、ここではその後の関連業績の例に倣い、「相対的剥奪」の訳語を採用している)
※3 詳述は避けるが、〈相対的剥奪論〉はその後、前述の社会学者マートンによって、〈準拠集団論〉というより広い射程を持つ議論へと接続されていくこととなった。


【参照文献】
Robert K. Merton "Social Theory and Social Structure"(=1961 森東吾・金沢実・森好夫・中島竜太郎訳『社会理論と社会構造』 みすず書房)
Stouffer, S. A., E. A. Suchman, L. C. Devinney, S. A.Star, and R. M. Williams, 1949. "The American Soldier, Volume I: Adjustment During Army Life". Princeton University Press.
高坂健次 2010 「相対的剥奪論 再訪(一~七)」関西学院大学 社会学部紀要