株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー

企画部 ディレクター 牛堂雅文

近年、数人~数十人が一つの住居を共有して住む「シェアハウス」という住居が注目を浴びています。そこにはパーソナルスペースとなる個室と、共用部分となる居間、キッチン、洗濯機置き場、風呂、トイレなどがあります。


「シェアハウス」ではあまり人に会わずに一人の世界に引きこもることも、人と会って交流することも可能であり、ゆるい繋がりの社会がそこにあります。
今回は説明だけでは中々理解しにくい、この「シェアハウス」に3ヶ月ほど居住した経験を題材に、「観察調査」と「参与観察」について考察することとします。

■「観察調査」と「参与観察」


マーケティングリサーチでは「観察調査」といって、対象者の行動や家庭での生活の様子を垣間見る調査を実施する事があります。「エスノグラフィ」が注目され「観察調査」が脚光を浴びたのは、記憶に新しいのではないでしょうか。


一方、社会学の分野では「参与観察」といわれる手法があります。
(「参与観察」…研究対象となる社会に数週間~数ヶ月にわたって滞在し、メンバーの一員となって行う調査。詳しくは「社会学のすゝめ第一回」を参照のこと。)


我々がマーケティングリサーチとして実施する「観察調査」は、スケジュールやコスト、個人情報保護などの制約から社会学で言われる「参与観察」に比べ、はるかに簡易的、短期間となります。そのため、以前から「観察調査」と「参与観察」はどの程度の差異があるのか?…ということが気になっていました。


仮に、シェアハウスでの居住経験…これを「参与観察」と位置付け、
最初にシェアハウスに訪問した時を「観察調査」と位置づけることで、両者の比較を行いたいと思います。



■プレ調査(簡易エスノ)フェーズ


まず、プレ調査的になりますが、このシェアハウスのWEBサイトを穴が空くほど見ている時期がありました。これを写真などを元にした、訪問しない「簡易エスノ調査」と位置づけます。


当時、シェアハウスの外観、居間や洗濯機置き場などの共用部分、いくつかの個室の写真、紹介の文章を見て妄想を膨らませ、居間のイス、このテーブルのまわりに人が集まって談笑しているシーンなどを想像していました。


建築物、箱としてのイメージは伝わってきますが、この段階では居住者の織りなす社会を感じさせるものは多くありません。
(※簡易エスノでは、対象者の持ち物など嗜好が分かる写真が加わりますので、もう少し情報量は多くなります。)



■「観察調査」フェーズ


次の「観察調査」フェーズとして、最初の訪問(内覧)時に着目します。(これは管理人の方との面接にもなっていました。)


やはりWEBサイトで見たシェアハウス(簡易エスノ)に比べて圧倒的に情報量は増えます。置いてある自転車から住民のライフスタイルやこだわりがうっすら見えてきます。


他にも、節電の影響か窓の少ない一階が案外暗いこと、古い建築にもかかわらず細部まできれいに保たれていること、休日の午後で居住者が外出がちの中、遅くまで寝ていたような居住者がいること。管理人と居住者の会話から、この二人の温度感のようなものも感じられます。


居間にはTVとPS3、パソコンがあります。PS3は用途不明ながら、配線されていますので動く状態のようです。


大型の冷蔵庫を見させて頂くと、シェアハウスらしく中がシェアされており、野菜を多く入れている部屋番号のところや、ビールだらけの部屋番号のところもあります。


連絡帳のようなノートがあり、皆既月食のことが書かれています。しかし、少し書き込みが少ないような?


管理人さんとの話から、かつてルールをあまり守らない居住者がいてトラブルがあって退去されたことが分かり、ルールが厳しくなった背景も見えてきます。「観察調査」といっても観察のみではなく、ヒアリングで補強する部分もマーケティングリサーチでのアプローチに近いと言えそうです。


訪問時間は1時間といったところで「観察調査」としては短いかもしれません。しかし、洗濯・掃除を観察するといった特定の行動を追ったわけではないので、決して少ない時間ではないと考えています。



■「参与観察」フェーズ


ここから今回の本題、入居後の話、「参与観察」フェーズとなります。


引っ越しが落ち着いた後、最初にお会いしたのが一階の住民Sさんです。居間でバラエティ番組のTVを見てリラックスしています。ラテンノリというか、フレンドリーさ全開です。


たまたま忙しい時期で、すぐには一同にそろうことがなかったため、徐々に色々な方にお会いしていきます。


就活が終わり悠々自適な大学生のTさん、マニアックなNさん、いじられキャラのMさん、単身赴任のお父さんAさん、などなど個性豊かな居住者の方々。そのみんなの関係性も徐々に把握できてきます。


シェアハウスは必然的に性別、年代、職業が違う人が集まっていますので、耳にする話一つ一つが面白く、マーケティング関連の方なら、「この世代の人はそんなことを考えているのか…」「なんて堅実な生活をしているんだ…」「今からクラブに行くのか!」などと気づきも多いものと思われます。


冷蔵庫の続きでは、放射性物質を気にしており野菜を通販でしか買わないNさんが、野菜をまとめて買っていることが分かりました。どおりで多いわけです。


そして、最初に聞いたルールの話以外に、実際どのコミニュティにも存在する「暗黙のルール」の存在も薄々気がつき始めます。


どうやら表の連絡手段「メーリングリスト」以外の連絡方法があり、たまに飲みに行ったりしているようです。他にも裏のルールがあるのですが、諸々の配慮のためここでは割愛します。


居間のPS3はゲームの「モンスターハンター」用に大活躍し、夜になるとTさん、Aさん、Nさんがチームで狩りを行い、Sさんは近くにあるPCでYoutubeを見ています。そして、PS3、PCの使われ方や居間の様子がようやく掴めてきました。(なお、狩りはPS3一台ではなく、PSP2台が加わり3台体勢となります。)


「モンスターハンター」で狩りをしたり、夜に居間にいるメンバーは自ずと交流が増え、互いの理解も進みます。このメンバーは連絡帳のノートで交流をする必要がないワケです。


これは参与観察でないと掴めなかった事実です。



■このコミュニティの問題点


そもそも、朝と夜ではムードが全く違います。
朝食を食べる人が少ないので、朝の居間は閑散としていて、顔を合わせるメンバーも大体8名中3名くらいです。


そして、この朝に問題が潜んでいました。朝のタスクは交代制となる「ゴミ出し」であり、係が誰になり、実際に8時までにゴミを出してくれるのか?という点が、このシェアハウスの最大の問題でした。朝に弱い居住者数名と、几帳面な方の気持ちがぶつかる点となります。


一人暮らしや家族と長く生活していると気がつきにくいものですが、個々人の中には生活上の「マイルール」が存在しています。ゴミを出す時間(時間のどのくらい前か)、ゴミを出すのを忘れないかどうか…こういうことに対する几帳面さで、「マイルール」の違いが露呈します。


ゆるいながらも小さな社会を形成しているシェアハウスですので、ゴミ出し一つとっても意見が一致しないことがあり、それが問題となります。


この問題点や、対立の構造も「参与観察」でしか正確には把握できません。



■「観察調査」と「参与観察」の比較


3ヶ月をシェアハウスで過ごした今回の事例を元にして考えると、「参与観察」は「観察調査」に対して、情報量、背景、構造の把握といった点において圧倒的に有利であると感じました。


それは単純に観察期間が長く、暗黙のルールも肌で理解できるせいもありますが、色々な時間帯、シーンに遭遇できることも大きな要因と言えそうです。


ただ、どれだけメリットが分かっていても「参与観察」はそうそう気軽にできるものではありません。


逆に「観察調査」の時点でも色々な片鱗が見えていたことに注目すべきだと考えています。
冷蔵庫の中の野菜や、居間のPS3、朝に弱そうな居住者の存在など、見過ごさなければ居住者像やこのコミュニティの特徴が掴めそうなヒントが散りばめられていました。


そして、「観察調査」では、どうしても一部を切り取ることとなりますので、観察する時間帯、シーンを適切に選ぶことができれば、より有用な情報に近づけることが分かります。


「参与観察」が圧倒的に有利であることが体感できた一方で、「観察調査」でもヒントを掴むことができ、工夫の仕方によっては重要な気づきが得られると思われます。
そして何より「観察調査」は「簡易エスノ」に比べ、現場に出向いた時点で情報量が大幅に増えており、色々なことに気づき始めています。


そんな手応えを感じたことを最後のまとめとさせて頂きます。