株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
定性調査部 ディレクター インタビュアー 梅津 順江(ウメヅ ユキエ)

ここ2,3年の間で、「貯金をする堅実な若者」「嗜好品(酒・タバコ・コーヒー)を好まない20代」「クルマを所有しない若者」「草食男子と肉食女子」「イクメンパパの増加」「インドア志向の若者」「低温世代」「ヒルズ族よりノマド族」「スマ充(スマートフォン駆使の充実生活)」など、若者を形容する言葉が増えた。


いつの時代も、若者のライフスタイルを知ろうという試みはなされているが、最近の傾向は「若者の消費行動や意識を把握しよう」というもので、調査案件でも「消費」にまつわる内容が目立つ。

(※なお、ここで対象となっている若者とは、20~30代の男女)


インタビューの場でよく耳にするのは、当該層の以下のような発言と傾向。

大人と若者.gif


あらゆる情報が氾濫し、先行き不安な環境下にいる。また、グローバル時代でありながら窮屈で生きにくい世の中である、ということが影響してか、現代の若者は、意思・意志が薄弱で、狭い世界で暮らそうとしている。
冷静沈着で、おとなびた印象さえ感じられる。


しかし、表面的にはおとなっぽく見えても、「おとな」というにはしっくりと来ない感覚がある。なぜなのであろうか。



そもそも、「おとならしさ」とは何であろうか?
大人とは.gif
とある。


(2)の思慮分別をもって責任を負うためには、「自分の能力を知り、自立的に行動できる」「大事なことを見極められる」「何を優先するべきかを、目先の感情よりも理性的に判断できる」「世間の荒波を泳ぐ能力がある」などが備わっていなければならない。そのためには、さまざまな失敗や経験をすることが不可欠なのではないか。


今の若者が「おとなである」というには違和感があり、薄っぺらい印象に感じるのは、妥協や周囲への迎合や事なかれ主義だけでおとなっぽく見えていたからなのだろう。



少し前までは、若者はおとなっぽくふるまうことに憧れていた。タバコを吸ったり不良じみた行動をとったりすることも、流行りの服を着るのも、髪の毛にパーマをかけるのも、おとなぶりたいという背伸びした気持ちのあらわれであった。
「カワイイね」などといわれると、むしろ「子供っぽい」「幼稚」とからかわれているようで、必ずしもいい意味には受け止めなかった。


最近の若者の傾向をみると、皆あまりおとなになりたくないのではないかと思う。あるいは『お前は子供だからまだ早い』『これはおとなになってから・・』などと、おとなから行動をセーブされることもなくなってしまい、おとなと子供(若者)との間に垣根がなくなってしまったのかもしれない。

おとなの方も、おとなであることにすっかり疲れきってしまっている。自称「おとな」にはなってはみたものの、今の社会に夢も希望も持てないし、それなのにおとなとしての責任や義務だけは押しつけられる。若者からの難しい問いにもきちんと答えることが出来ず、するりと逃げてしまう。これでは若者たちにとっても、おとなに対する憧れが育つ機会はない。
だったら、もうおとなになることを放棄してしまおうと、お先真っ暗な状態なのかもしれない。



感情よりも理性を優先した結果、静的で、おとなしく(=おとなびた印象)にみえる今の若者。その環境や社会的な背景をじっくり観察すると、若者を取り囲む消費実態や課題が立体的にみえてくる。


「たいへんな世の中だけれど、おとなであることのふりをやめて、格好悪くても、自分らしく本気で生きたらいい。そんな姿勢がおとなへの近道なのではないだろうか。」
最近の若者の調査を介して、そんなことを考えている。