株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー

企画部  小林祐児(コバヤシ ユウジ)

視界を遮る高いフェンス越しには、似たような概観の住宅が整然と並んでいるのが見える。

塀によって四方をぐるりとかこまれた土地への出入口は極めて限られゲートが設けられている。そこには、24時間警備員が配された警備所があり、そこから中に入ろうとする者は、ICカードによって認証を受けてから先に進むことになる。

敷地内に足を踏み入れると、歩道や小路の他に、公園や川、運動場などが配置され、緑にあふれた豊かな空間が広がっている。
だが、領地のそこかしこには、高感度の監視カメラが設置され、行き来する住民や、訪問者の姿を静かに記録し続けている。


この何やら物々しい描写は、ジョージ・オーウェル『1984』からの引用でも、ジョン・カーペンターあたりのB級SF映画が映しだす風景でもなく、アメリカを中心に発達している「ゲーテッド・コミュニティ」という住宅形態の描写である。


■ゲーテッド・コミュニティの広まり


ゲーテッド・コミュニティとは、主にアメリカで発達・流行している、公共スペースが私有地化され、出入りの制限をかけた住宅街地のことだ。通常のオートロックマンションなどと異なるのは、敷地自体への侵入が制限されており、一般的には公共に開かれている歩道や公園などの施設が私有地化され、住民たちだけが利用できるようになっている点である。

もともとは、アメリカにおいて、仕事を引退した退職者向けのヴィレッジ、または「超」のつく富裕層のための住宅地として販売されていたのが発端である。それが70年代ごろから中流家庭にまで購買層が広まり、2006年ごろまでに全米で5万以上のコミュニティがあり、その中で2000万人以上が住んでいると推定される(※1)。

これらのコミュニティは、「外部」に対して防壁を築き、「内部」の安心感を確保しながら、その中での住民同士の活発な相互交流によって豊かな暮らしを実現するものとして、多くの人の支持を集めている。半ば人工的に作られた「最後のユートピア」のような趣だが、こうした住宅街区はアメリカに特有のものでは無く、先進国を中心に世界中で広がりを見せている。

そして、あまり知られていないが、日本も例外ではない。

2004年には兵庫県芦屋市に先駆的なゲーテッド・コミュニティとして「ベルポート芦屋・レジデンシャルコーヴ」ができたのを皮切りに、現在までに渋谷区の「広尾ガーデンフォレスト」、世田谷区・青山学院大学キャンパス跡地の「東京テラス」、大阪府岬町の「リフレ岬・望海坂」などが、入場制限・監視カメラ設置・24時間体制での警備システムなど、ゲーテッド・コミュニティと呼べるような特徴を備えた住宅地として知られ、これからも数を増やしていくことが予想される。


 拡充する地域の治安対策


ゲーテッド・コミュニティとまではいかなくとも、地域の防犯・治安対策は、ここ十年ほどの情報端末の進化とともに、以前と全く異なるレベルまで達している。

********************************************************************
最新技術による住宅地の防犯対策としては、青葉台みたけ台地区で2005年から開始された「子ども見守りサービス」が先駆的だ。これは、無線ICタグを子どもに携帯させ、校門や学区内に設置されたアンテナ付近を子どもが通過すると、タグからの電波で保護者の携帯電話へとメールがいく仕掛けになっている。

また、同様のサービスに、阪神電鉄が沿線の小学校に提供している「ミマモルメ」があり、平成22年からの1年間で、大阪市や神戸市、西宮市など阪神沿線を中心に当初予想の4倍近い約80校が導入した(2012.1.7 産経ニュース)。また、子どもが改札を通ったときに親の携帯まで通知が届く東急電鉄による「エキッズ」サービスも、利用者が3万人を超えるなど、好評を博しているようだ(2012.4.29.YOMIURI ONLINE)。
********************************************************************


また、街角に設置される監視カメラも年々増加傾向にある。
********************************************************************
2000年前後から、新宿歌舞伎町や渋谷、池袋のなどの繁華街には、続々と街頭監視カメラが設置されている。成城学園前などの閑静でおおよそ犯罪などとは無縁な安全そうな高級住宅街においても街頭カメラが設置され、さらに興味深いことに、カメラ設置・運営コストの多くが住民たちの自主的な自己負担によって賄われている。
********************************************************************



 ――「世界一安全な国」で――


自分が住んでいる街で、犯罪に巻き込まれることへの恐怖。
「世界で一番安全な国」としての名声を誇った日本においても、特に子供を持った家庭を中心に、そうした潜在的な不安をどうにか拭いたいという意識が高まりを見せているようだ。その結果、リソースを持った豊かな家庭から、諸々の治安対策・サービスへの投資を次々に行なっていく。冒頭に上げた「ゲーテッド・コミュニティ」のような生活は、そうした不安感を最も先鋭的な形態で顕にしているように見える。


そこで、今回と次回のエントリでは、この社会に蔓延する不安感について、社会学的な視線を投げてみることにしよう。
キーワードは、「犯罪統計における〈暗数〉」と、「〈安全〉と〈安心〉の区別」である。

前編となる本エントリでは、まず前者の「犯罪統計における〈暗数〉」について、説明していこう。



 犯罪は増加しているのか


治安意識が高まっているのは、肌感覚としてなんとなく理解できるとして、「実際に」日本の治安は悪化しているのだろうか。まずは、こうした議論の中で最も参照されることの多い、警察統計データを用いたグラフを見てみよう。

犯罪統計.png

警察庁広報資料「平成23年の刑法犯認知・検挙状況について」より抜粋

このグラフを見ると、犯罪の認知件数は、平成9年(1997)頃から上昇し始め、平成14年(2002年)をピークに年間280万件に達したあと、現在に至るまで、年々減少してきているのが見て取れる。

しかし、このグラフ、一見してなにか首を傾げたくなるグラフである。

特に、平成10年から14年にかけての認知件数の急激な伸び(5年間で約100万件の増加)は、あまりにも不自然ではないか。
これほど短期間の間に犯罪率が急上昇し、そしてまたすぐそれ以前の水準まで下がるというのは、常識的に考えてありえない。
何か日本人を凶暴化させるようなウィルスがこの期間だけ秘密裏にバラ撒かれたりしたような、それこそSFのような陰謀でもない限り、人間の行動原理というものは、数年単位でそれほど急激に変わるものではない。

だが、実際のところ、2000年前後には、大手メディアを中心にして、この急激な犯罪認知件数の上昇が引き合いに出されつつ、「治安の悪化」「検挙率の低下」が大きく報道された。「安全神話の崩壊」「体感治安」なる造語が流行したのもこの頃である。

だが実は、犯罪心理学や社会学者の間では、このグラフはそのまま鵜呑みにすることができない、極めて「扱いにくい」ものとして知られている。

ここではまず、この警察統計に混入している「扱いにくさ」を取り出していこう。


 犯罪統計と「暗数」


犯罪についての統計データは、他の統計データと比べてもやや特殊な性格を持っている。
犯罪統計で扱われる主な指標には、「発生件数」、「認知件数」、「検挙件数」、「検挙率」があるが、その4指標の関係を簡単にまとめたのが次の図である。
 

発生件数.png

図示したとおり、現実に発生した犯罪(=発生件数)が、すべて認知件数に計上されるわけではない。
現実に犯罪がなされていても、認知件数にも検挙件数にも入らず、統計上、実数が把握できないケースが多く存在する。こうした「起こっているはずだが、統計上は存在していない」犯罪件数のことを、「暗数」 と呼ぶ。

犯罪統計においてこの暗数が発生するケースには、主に次の3つのものがある。

●【1.】 「認識されない犯罪」――まず、だれもその犯罪に気が付かない犯罪がある。
詐欺や空き巣などのタイプの犯罪は、被害者が「被害にあった」と認識しないことも多く、この場合、犯罪が発生したことに気がつくのはただ加害者だけ、ということになる。

●【2.】 「届け出されない犯罪」
――誰かが犯罪を認識したとしても、それを警察に届け出ないケースが存在する。
巻き込まれることを避けるため見て見ぬ振りをするケースもあるだろうし、被害者として行政上の手続きに巻き込まれたくない場合もあるだろう。また、警察へのアクセシビリティも影響する。たとえば交番の数や相談窓口などがたくさん用意されていればあるほど市民から警察への届出の数は多くなるし、メディアとしての携帯電話が普及することで、110番通報の数が増加する、という連絡手段の変化もある。

●【3.】 「犯罪として受理されない犯罪」
――人の行為について、それを「犯罪」として認定するかどうかは、実は、かなり主観的な要因に左右される。
犯罪らしき行為の届出があったとしても、口頭注意で済ませたり、刑事事件として扱わないケースもある。上の2つの事件では、警察のこうした「事件性」の判断の甘さがバッシングの対象となった。
刑法による「犯罪」の定義を機械的に現実に当てはめるのは極めて困難であるし、その基準も人や地域によって異なることが、犯罪統計の特殊性を構成している。


 2000年の方針転換


上のようなケースでうまれる暗数の存在によって、犯罪統計は、現実の事態からは大きく異なる数字として計上されるのが常である。

そしてさらに、上の【2】【3】のケースについては、警察の活動方針によっても大きく数値が左右されることが知られている。

再び、先ほどのグラフにもどろう。
実は、認知件数が急上昇をし始めた平成11年というのは、警察の活動方針を大きく転換させる、エポックメイキングな年であった。

平成11年は、いわゆる桶川ストーカー殺人事件と、栃木リンチ殺人事件という2つの痛ましい事件が発生した年である。

この2つの事件が大きく世間の注目を集めるに至ったのは、被害者の家族が事件発生前から幾度も地元の警察に通報・相談をしていたにもかかわらず、警察が事件受理を回避していたことが明らかになったためだ。このため、最終的に被害者が殺害された原因に「警察の怠慢」があるのではないかとして、多くのメディアによる激しい非難が警察へと集中した。

世論からの厳しいバッシングに早急な対応を迫られた警視庁は、警察に持ち込まれる相談に対して、積極的な対応をするように全国へ指示・通達を出すことになった。

具体的には、

(1) 市民に向けた犯罪相談窓口を増加させ、広報を流すことで、犯罪の届出を促すよう市民に働きかける。
(2) これまで犯罪として受理していなかったケースを積極的に犯罪として受理する。

これらの対応策の徹底によって、実害が出てからでないと捜査に乗り出さない、警察のいわゆる「民事不介入の原則」が大きく揺らいだのがこの2000年という年であった。


 方針で動く統計データ


こうした警察の活動方針の変化によって、統計データは大きく影響を受けることになった。

まず、対応(1)によって、相談窓口へのアクセサビリティが向上することで、暗数を生むケース【2】の「届出されない犯罪」が減る。

また、 対応(2)によって、暗数ケース【3】「犯罪として受理されない犯罪」が、公式に犯罪として処理されるようになり、統計にあがってくるようになる。

こうした影響を受けた結果、2000年以降の犯罪統計データは、グラフに現れたような急激な上昇として現れる。

都道府県別に見ても、前年比較で、大阪府を含めた6府県で3割以上、23府県で10%以上の犯罪件数の上昇が見られ、富山県にいたっては47%増を記録するという、完全に「異常な事態」が統計の上(だけ)で起こってしまったのである


このように、警察統計は、こうした「警察の方針(変更)」の影響が如実に現れてしまうデータとして知られている。さらに、その「警察の方針」そのものが、警察に対するメディアや世論の風潮によって大きく左右される。2000年に起こった事態は、そうした事態であった。こうした文脈の中で、警察の犯罪統計データは、データとして二重の意味で「扱いにくい=信頼性に乏しい」ものになってしまったわけだ。


次回のエントリに向けて


この犯罪統計における「暗数」の存在は、犯罪の正確な実態や、各国比較データを知ろうとする者にとって、長年の悩みの種であった。
そこで、より正確な統計データを収集する目的のために、国際犯罪被害調査(ICVS)という調査が行われている。
次回は、その調査の結果について触れながら、2つのキーワードのうちのもう一つ、「〈安全〉と〈安心〉の区別」について議論を深めていきたい。



【注】
※1 アメリカにおけるこうしたゲーテッド・コミュニティでは、住民たちよる自治組織HOA(Home Owners Association―住宅所有者組合)が組織され、快適・安全なコミュニティのために様々な自主的管理・運動を行なっているのが常である。詳しくは『ゲーテッド・コミュニティ―米国の要塞都市―』を参照


【参考文献】
エドワード・J・ブレークリー、メーリー・ゲイル・スナイダー、2004、『ゲーテッド・コミュニティ―米国の要塞都市』 竹井隆人訳、中央公論新社
五十嵐太郎『過防備都市』