株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
GI部 ディレクター インタビュアー 梅津 順江(ウメヅ ユキエ)

 2月3日は、節分。
節分の豆まきでは、「鬼は外、福は内」という。

脳科学者の"茂木 健一郎氏"は、ある著書の中で、東大名誉教授"清水 博氏"の節分の話を紹介している。

生命現象の研究の第一人者として知られ、「ホロン」や「場」などの概念を提唱して多くの影響を与えた清水博東京大学名誉教授の講演を聴き、感銘を受けたことがある。

お話の中で、清水さんはしきりに「鬼」の話をされた。
節分になると、「鬼は外」と豆をまく。子どもたちが鬼のお面をかぶった大人に豆を投げる光景は微笑ましいが、あの行事には日本人の素晴らしい叡智が込められていると清水さんは言われた。

鬼は異質な他者の象徴である。困ったこと、悪いことをする鬼は豆をまいて追い払わなければならない。しかし、防御を完全にして、最初から鬼が入ってこないようにするのではなくて、むしろ鬼が入って来られるような隙間を空けておく。そのような余裕を見せた上で、鬼が入ってきたら豆をまく。
そのような他者との生き生きとしたやりとりが、生命を育む「場」としての大切なデザイン原理である。

そのような趣旨のことを、清水さんは言われた。私は、なるほどと大いに共感したのである。

邪気な存在と見なされた「鬼」に対して豆を投げる節分行事には、日本人の素晴らしい生きる知恵が隠されている。

自分のテリトリーに鬼を最初から入れないのではなく、「一度、軒下あたりまで入れた上で」それから追い払う節分の呼吸は、鬼が家の軒下まで入ってくることを許容して、コミュニケーションをしているといえる、ということであろう。

最近、MROC(Market Research Online Communities)業務を遂行している中で、情報漏洩や著作権侵害などにまつわるルール作りの話になった。

「対象者間が密なコミュニケーションを長期にわたって行うため、通常のグループインタビューやCLT(Central Location Test)よりもセキュリティ面のリスク回避を厳密に決めておかなければならない」という考えである。

一年近く MROCに携わってきたが、幸いなことに、参加者がブログなどにMROC上で知りえた情報を書き込んだり、参加者同士でトラブルが生じたり、というケースは一切生じなかったので、そこまで神経質に考えたことはなかった。

もちろん、最悪の事態を想定した規約や安全を考え抜いたルール決めは必要なことだと思うが、「鬼は外、福は内」という節分の精神に、一つの「場」のあり方のヒントがあるのではないか。

「鬼が入って来れるようにしておいて、豆をまくのが大切なんだよ」

鬼が軒下まで来ることの意味を考え直してみると、開いているからこそ、通りの景色も見えるし、風も入ってくる。鬼も入って来れないような家では、そもそも人間は自由に住むことができない。
この世に生きている以上、「外」との折衝は避けられない。鬼が一切侵入しないように、セキュリティをがちがちに固めてしまったら、自分たちの生命をも枯渇してしまう

MROCのコミュニティ上においても、同じことがいえる。安全や防衛を完全に追求しようとすると、参加者は窮屈になり、場の雰囲気がガラスのように固くなってしまうと思う。

コミュニティの運営にあたって、参加者同士がどのようなタスクや問いかけをしたら楽しく議論できるか、そのための場の提供はどうすればよいか、ということの延長線上にリスク回避も存在するのではないか。

リスクヘッジの側面からみても、「コミュニティマネージャーは、常に場の活性化をはかることを考える必要がある」「懐(軒下)に入ってくる参加者の意見に耳を傾けることは大事である」ということを、痛感した。

*ホロン(Holon)とは、物の構造を表す概念。