株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー
代表取締役社長 澁野 一彦

 「消費のあり方」が問われる時代に


原発問題の収束の見通しが立たず、また原発周辺地域では計画避難が本格的に始まるなど震災の余波はまだまだ続いている。
震災直後の店頭や混乱した流通の状況を見て、マーケターやリサーチャーの仕事が安定した日常生活を前提としたものであるということをあらためて思い知った。
今回の震災は 自身の仕事観や消費行動に少なからず影響し、それを問い直す契機になったようである。
ここ数年 消費者は「もの作りやサービス」の背景やそれを供給する企業の姿勢に関心を持ち始めてきたが、震災以降そうした流れはより加速している。
今まで「安い」「使い勝手が良い」という観点で商品やサービスを選んできた消費者が、「本当にこれは自分に必要なのか」「これは社会にとってどのような(意義深い)存在なのか」というように本質的な観点から商品やサービスを考え始めている。
震災直後、水やお茶などの「生活飲料」がペットボトルのキャップ工場が数社被災しため店頭から消えてしまった。私たちは初めてペットボトルのキャップの色や形がメーカー各社で違うため生産量が上がらないことを知り その効率の悪さに愕然とした。
かたやショッピングセンターや駅の照明。いままで煌々と輝いていたこれらの照明も、ここ2か月間半減された明かりの中で生活して「これで充分ではないか」と感じた方が多かったのではないか。
今までの"明る過ぎた世界"は何だったのか。行き過ぎたオーバースペックの消費に気がついた?
震災後の生活が、消費者に「商品との買い方、関わり方」、「サービスのあり方」の本質を教育してくれているようである。
一方商品やサービスを作り出す側の企業にも、それを提供する明確な理由が求められる。
商品やサービスを通して社会に何をメッセージし、どういった貢献をしようとしているのかを・・・・。
単に「今までより安い」「今までの商品よりやや甘さを控えた」というような即物的な価値だけの訴求では、人々はもう振りむいてくれない。これからは商品やサービスの差別化とともに、その背景にある企業の意思が垣間見えるマーケティングが必要になる。
今までは微妙な差異化だけで利益を出してきたが、今後は根本的に開発するモノやサービスの本質を問われる時代になるということである。
「購入する理由を創り出す」~安さ以外の価値


今まで消費者は「安い」という言葉に敏感であった。新しいスーパーやディスカウント・ショップが開店すると何はともあれ足を運ぶ。主婦は毎日のちらしを比較して多少遠くても安い店に遠出した。
ただ現在は単に"安いだけ"では人は集まらない。特にFMCGと呼ばれる日用品は、値段が安いことは当たり前で、それだけでは彼女たちの気持ちを惹きつけるのは難しいという。
安いなら安いなりに、消費者を納得させ共感させる合理的な理由が求められる。
かつて無印良品は "わけあって安い"(理由)という巧みなコピーを通して、生活者の気持ちを上手にくみ取った。例えば「曲ったきゅうり」、「割れたシイタケ」。しかし品質や味は普通のものと変わらない。商品としては不適格の烙印を押され廃棄されていたものを "わけあって安い"商品として売り出した。
現在風評被害に苦しんでいる震災地近辺の商品も同じように "わけあって応援したい"商品として、消費者に「支援・共存」という新しい価値を提案し消費者に共感されている。
一方マクドナルドは、「100円のプレミアムロ-ストコーヒー」という"プレミアムなのに低価格"という逆の発想でコーヒー通のビジネスマンという新たな顧客を開拓した。
現在原料のコーヒー豆の高騰で多少の値上げを余儀なくされているようだが、厳しい不況下にあって"安くても価値あるものを提供する"というマクドナルドの努力・企業姿勢が共感され、ビジネスマンに受け入れられた。
いずれも 消費者の商品を見る視点を変えるとともに、消費者を共感させる安さ以外の価値を提案することに成功している。
震災後節約志向が定着し、現在は「安さ」が求められているように見える世の中であるが、単に値段を下げたからモノが売れるかというとそうではない。
安さにひと味加えるという工夫とともに 今の社会背景を上手く感じ取った"バランスのよい生活提案"を行っていくことが 今後の消費財マーケティングのひとつの方向を示している。
追記:
先日起こった"生のユッケの食中毒事件"は、人々に 「安さ」の価値とともに同時に それが併せ持つリスクについてあらためて考えさせる事例であった。少なくとも「安い」ことを標榜するためには、「安い理由を理解して購入するだけの品質の担保とそのブランドが培ってきた信頼」が必要であるといえよう。