グループインタビューの司会を仕事にしていると、色々な対象者に出会います。

その場にどんな人が集まるかによって、会の状況が左右されるグループインタビューにおいては、クライアントに「今回の対象者いまいち反応(感度)が良くなかったよね」と言われることもあれば、「良い発言をしてくれる対象者で面白かった」と言われることもあります。

発言量的にも、同じ2時間のグループインタビューでも、納品する発言録(グループインタビューの場で対象者が発した言葉をそのまま文字に起したもの)で、30ページにもなることもあれば、その半分強で終ることもあり、本当にフタを開けて見なければ、どんな展開になるかわかりません。
(それがグループインタビューの醍醐味でもありますが。)

最近では、同じグループインタビューを実施するのなら、感度の良い対象者に集まってもらって、有益な情報を得たい、と感度項目をリクルート条件に入れるケースが時折見られます。
※感度項目:各調査会社、各カテゴリーによって項目の内容は異なりますが、より多くの項目に該当している生活者(消費者)を高感度者と定義付けるための項目です。

ただ、この感度項目ですが、何にでも使える万能の道具ではありません。正確に言うと、使うことは出来ますが、使うことが調査の主旨と合っているのかは検討する必要があります。
例えば、新しいコンセプトやパッケージ策定のヒントにしたいという場合や、感度が高い者でないと理解が難しい手法を使う場合、初期ターゲットをイノベーター層に想定している場合などは、高感度者を対象者とすることは有効かと思われます。

一方で、ターゲット層の現状実態を把握したい場合や、早い段階からイノベーター以外の層もターゲットとして狙っていきたい場合、上市前の最終チェックとして消費者の反応をフラットに見てみたい場合などは、敢えて高感度層ではない、「フツーの人」を対象者として呼ぶことにも意義があると思います。

例えば、コンセプトを見せて

  1. グループ内でも感度の良い対象者は良い反応を見せたが、その他の対象者はその商品の良さが実感できない様子だった
  2. 感度の良い対象者が良いと思った理由をもう一度全体に投げかけてみた
  3. その他の対象者もうなずく様子を見せた

といった流れがあった場合、これこそグループインタビューの強みを最大限に活かした発見が得られるのではないでしょうか。
そして、これは敢えて対象者を高感度者のみに限定しなかったからこその発見かもしれません。

「反応が悪い・反応が良くわからない人」ばかりの集まりであったとしても、そこで反応が悪かった理由やそういった人たちの普段の行動を分析することはきっと次の1歩に繋がるはずです。
正直、厄介な対象者もいますし、このグループは大変だった、と思うこともありますが、話を聞くことが無駄な人は1人もいない、と思うのです。

余談ですが、私、モデレーターデビューしてすぐのデプスインタビューで厄介な対象者(年配の男性でした)に当たり、斜に構えられたままの態度でろくに話をしてくれないまま時間が過ぎて終ってしまい、裏で悔し泣きしたことがあります。それも、今考えると私の未熟さ故、ですね。

調査を行ったことで結論が見えることはもちろん大事ですが、それ以外でクライアントに如何に気付きを与えられるかも調査の大事な役割だと思います。
気付きを与えるヒントのカケラは、冴えない対象者がぼそっと言った一言や「反応が悪い人」がちらっと目を輝かせた瞬間にあるのかもしれません。
と言うことを何となく考えていたら、こんな素敵な言葉に出会いました。

『人間というのは面白いものであり、不思議なものであり、必要のない人間というものはいない』

本田宗一郎氏

私は基本的に人が好きで、この仕事をやらせていただいているようなものなので、特に「面白い」の部分に共感しつつ、噛みしめてみました。優しい言葉だな、と思う一方、その人間をいかに理解するか、いかに活かすか、共存・共栄するか、も自分次第、という気概も感じられる言葉だと思います。

必要のない、話を聞くことが無駄な対象者もいません。
もしもその人の意見を無駄に感じるのだとしたら、本当の問題は別のところにあるのかもしれない、と思います。