「もし、自分が床下に住む小人だったら、どうするだろうか?」「もし、絶滅の危機にある希少な小動物だったら、どのように種族を残していこうと考えるだろうか?」
【借りぐらしのアリエッティ(上映中のジブリ作品)】の鑑賞を終えて、最初に感じたことである。
当たり前のことが当たり前でないことがある。人間が当たり前と思っているサイズが、小人の世界では当たり前ではないということを気付かせてくれ、「もし、自分だったら……」と、考えてしまうのである。

ある特定の土地の細部にわたる徹底したリアリティをもって日常生活が表現されていたから、不思議なことにどこかで起こっているファンタジーの出来事という心の遠近感を飛び越えて、深く普遍性を帯びた世界へ誘われたのであろう。「現実にはない夢のようなお話だけど、本当の話かもしれない」と思えるのは、ジブリ作品の魅力の一つでもある。

≪病気療養のため、古屋敷に1週間滞在する少年~翔≫が言うように、人間は67億人存在するため、滅びるのではないかという心配は当分ない。しかし、人間は生きることに勇気と自信を持てなくなっている。それに対し、小人は食材を手に入れるのも命懸けで、常に危険に脅かされる日々を送っている。私には、人間の世界より、イキイキとした刺激的な生活を過ごしている小人の世界の方が、力強く懸命(賢明)に映った。

また、小人の視点でモノを見ると、可能性の多様さやアイデアの閃きが交錯して実に楽しい。人間が使わなくなったアルミホイルを反射させて床下に外光を導く、待ち針を護身具として腰に差す、クリップで髪を留める、ヤカンが舟の役目を果たすなど、人間の道具を生活に工夫して取り入れている姿にも感心した。

マーケティングの現場でも、「もし逆の立場(小人)だったら、どうだろうか?」を考える習慣をつけると、新たな発見や方向が見出せるのではないだろうか。
例えば、「もし、カテゴリーNo.1のブランドではなく、No.2のチャレンジャーやNo.3以下のフォロワー・ニッチャーだったら(逆転されたら)、どのような戦略にするか?」と見方や立場を変えると、ポジショニング・ターゲット・チャネル・価格の設定に対する新鮮なアイデアやヒントが浮かぶかもしれない。
他にも、「海外から有名企業が参入してきたら」「他の業種に参入したら」という想定で議論してみる。万が一に備えられるし、リスクヘッジにもつながる。角度を変えた新発想さえ、生まれるかもしれない。

【借りぐらしのアリエッティ】は、≪小人の少女~アリエッティ≫と≪人間の少年~翔≫との心の交流を描く感動作で、翔君がアリエッティによってもう一度生きる勇気を与えられる。
当作品では、現実(リアル)と虚構(ファンタジー)を行き来したり、融合させたりすれば、『もし……だったら』と、お互いの視点で捉えることができ、種族や立場の違うもの同士の共存が可能になる、ということを伝えたかったのだと思う。